『伝えたいこと3』


 部屋に入るなり、ゾロは俺にキスをしようとした。
「やっ…やだぁっ…」
それは、今まで一度だって言ったことのない言葉。
ゾロの動きが止まる。
俺を見る目が…怖い…。
「何のつもりだよ。」
「何がだよ。」
精一杯の強がりで答える。
「もう来るなって、どういうことだ。」
「その言葉の通りだよ。」
「ふざけんな!!」

バン!!
と、 壁を叩く。
その握り拳が震えていた。
こんなに怒っているゾロは初めてだった。
いつも不機嫌そうな顔をしてるけど、その実それ程ではないことも良く分かっていた。
でも、今日のゾロは不機嫌なんてレベルじゃない。
激怒?
激昂?
そのどれも足りないような、そんな気がした。
なんでそんなに怒るんだよ。
俺のことなんて、もういいじゃねぇか。

「縁談…」
「ああ?!」
「なんで断ったんだよ。」
「はぁ?!」
「凄いことだろ?出世を約束されたようなもんじゃねぇか。」
切長のゾロの目が大きく見開いて俺を見た。
それから、睨むように目を細める。
しばらくそうしていたが、天井を仰ぎ見ると、大きくため息をつく。
やれやれ、といった感じだった。
ガシガシと頭を掻くとゾロはもう一度俺を見た。
「あのな、俺がそんなことして出世したがってるように見えるか?」
「え?」
そう言われて見れば…ゾロはいつでも実力で手に入れる。
他人は信用しない、信じるのは自分だけだ。
「見え…ない。」
「だろうが。」
ほれ見ろ、的な表情のゾロに何だか腹が立ってきた。
そもそも、縁談のこと全然話してくんねぇし、断るにしたって、
話してくれてもいいじゃねぇか。
やっぱ、あれか?
俺ってその程度か??
そう思うと更に腹立たしい気分になってくる。
ムッとした顔をした俺を見て、ゾロはハァ〜ともう一度、大きなため息をつき、
床にストンと座った。

「だから話したくなかったんだ。縁談の話。」
「え?」
「お前のことだから、別れるとか言い出すだろうなって思ってたよ。」
そりゃそうだろう、普通そう思うぜ?
「お前にとって、俺はそんなもんだって、思い知らされるのが怖かったんだ。」
え?
「見事に思い知ったがな。」
ゾロは笑った。
悲しそうに、切なそうに。
初めて見る表情だった。
なんだか、泣いているようにも見えた。
「な…なんだよ、それ。」
まるで、ゾロが俺を好き…みたいな。
「その言葉の通り、だ。」
ドキン。
強く胸が反応した。
ドキンドキンドキン。

痛いくらい強く鳴る胸に、何を言ったらいいのか分からない。
ゾロが、あんな切なそうな顔をするのは見たことがない。
そうだ、いつだって、落ち着いていて穏やかで、見守るように俺を見ていた。
まるで、弟か誰かを見るように。

次の言葉が出てこない俺をゾロは黙って見ていたが、やがて一つ溜め息をつくと
ヨロヨロと立ち上がった。

「ウソップ…色々と、すまなかったな。…もう、来ねぇから。」
「!!」
俺が望んだことだ。
もう色んなことで悩まされたくない。
そうだ、俺が望んだんだ。

フラフラと部屋を出ていくゾロを、引き止めることが出来なかった。
怖かったんだ。
この先、ずっと一緒に居ることがゾロにとっても、俺にとっても、
いいことだとはどうしても思えない。
ただ…。

声を上げて泣いた。
しゃくりあげて、嗚咽になるほどに。

好きだった。
ホントに好きだった。
だから、幸せだったんだ。
最後に何も言えなかったけど、ゾロにありがとうって伝えたい。
ありがとう。
ありがとう…さよなら。

 


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