『切なる願い4』



それからと言うもの、ゾロは自分の行動に意識をした。
何気なくした行動が、失われた記憶に繋がるのかもしれない。
そう思うと苦にはならなかった。

酒が好き。
食事はこだわらないが、おにぎりが特に好き。
身体を動かすことが好き…トレーニングしていると落ち着く。
(皆に言わせると『鍛練フェチ』なんだそうだ…)
あとは、基本的に昼寝をしている感じで…そういう自分が何だかしっくりとした。


そんな時、ちょっとした事件が起こった。


ルフィが海に転落したのだ。
甲板にいたのはウソップとロビンとチョッパーにゾロ。
俺が行かないと…そうウソップが思った時、いやそれよりも速かったかもしれない。
ゾロが海に飛び込んでいた。
ルフィが海に転落し、その瞬間に何の迷いもなく後を追って海に飛び込んでいたのだ。


甲板に上がってきたルフィとゾロにしばらく皆声をかけることが出来ずにいた。
『もしかして記憶が?』
肩で呼吸する2人。
先に口を開いたのはルフィだった。


「ゾロ…お前、思い出したのか?……」
「え?あ…いえ、違います。」
ゾロは少し困ったような顔をした。
「気が付いたら、飛び込んでいたいたので…」


身体の記憶。
覚えていなくても反射的に身体が反応する。
それがゾロを、ルフィを、皆を苦しめた。
何故全てを思い出さないのか。


「そか……あ、俺…着替えてくる。」
「あ、俺も…」


誰も黙ったままだった。
ゾロの記憶はもう戻らないのでは…
口を開けば、そう言ってしまいそうだったから。
そんな沈黙を、ロビンが破った。
「…ホントに…あの怪我だけが原因なのかしら?」
「なんだよ。違うっつうのか?!」
ウソップが反応した。
「…実は…俺もちょっと疑問に思ってたんだ。」
「チョッパーまで何だよ?!」
チョッパーは少し考えて、
「あくまでも、俺の考えなんだけど…」
と言って話し始めた。
「確かにゾロの怪我は酷かった。記憶を無くしていても不思議じゃなかったんだ。」
「じゃあ何が変なんだよ?」
「俺達の記憶だけがすっぽりと無くなり過ぎてる。」
はあ?とウソップは首を傾げた。
身体が記憶していること。
感覚的な記憶。
「ゾロ自身は意識してないけど、好きなことや行動をかなり思い出してきてるんだ。なのに俺達のことは全く思い出さない。」
皆、確かにそうだと言い合う。
「何だって思うの?チョッパー。」
「考えたくはないけど…」
辛そうな顔のチョッパー。
「ゾロがそれを望んでいる気がしてならないんだ。」
「まさかっ、なんでそんなっ!」
ウソップは大きな声を上げたが、ロビンは静かに同意した。
「その方が何だかしっくりするわ。ゾロにとって、自分自身を否定したいようなことがあったんじゃないかしら?」
ロビンはゾロの怪我の理由を知ってはいたが、それが記憶を失う理由になるとは思えなかった。
もっと違う何か。
ゾロに何が起きたのか。

 

部屋に入った2人は、着替える訳でもなく、しばらく立ち尽くしていた。
ルフィはただ哀しかった。
大好きなゾロ。
いつだって傍にいて、自分のことを理解していたゾロ。
そのゾロは、感覚だけを覚えいて、自分のことは覚えていない。
ずっとこのままなのか?
そう考えただけで涙が溢れそうだった。

「ルフィさん…」
ゾロがルフィに話し掛けた。
「…なんだ?」
ゾロは返事をしなかった。
不思議に思い、ゾロの顔を見たルフィは心臓が止まるんじゃないかと思うくらい驚いた。
ゾロの表情。
ゾロが抱き締めて欲しい時の表情。
ルフィにキスをして欲しい時の表情。
まさか…だってゾロには記憶がない…。


「…変ですよね。」
ゾロが口を開いた。
「何だかものすごく、ルフィさんに触れたい気がします。」
自信なさそうに笑う。
「いいえ、違いますね。俺は…ルフィさんに触れて欲しいんです。」


ルフィの中で、何かが弾け飛んだ。
気が付いたら、ゾロを抱き締めていた。
ずっとずっと、こうしたかった。
ずっとずっと、ゾロの体温を感じたかった。
記憶のないゾロ。
だけど、俺を欲している。
その事実に、また泣きそうになる。


ゾロは戸惑いながらも、ルフィの背中に手を回した。
「ルフィ…さん…」
正直を言えば、溢れてくる感情がよく分からなかった。
でも、その感情は決して嫌なものではなかったし、むしろ自分にとってなくてはならないもの…そんな気がしていた。


『敵襲ー!!』


響き渡るフランキーの声。
「こんな時に…ゾロっ、お前はここにいろ!!」
「で、でもっ!!ルフィさん!!」
ルフィは振り返らずに部屋を飛び出した。
残されたゾロは、迷っていた。
行けば足手まといになる。
身体はずいぶんと良くなっていたし、剣の扱いも幾分かましにはなっていた。
だが、三刀流だった自分。
戦力になるとは到底思えなかった。


だけど───────
ゾロは三本の刀を右の腰に据えると、甲板に向かって走りだした。
何も考えられない。
ただ、そうせずにはいられなかった。




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記憶が失われたとしても、お互いに必要とするのは変わらない。



2009.12.31
来年もよろしくお願いします!!