『切なる願い2』



ルフィが部屋に入ると、ベッドの上で膝を抱えるように座るゾロがいた。

「ゾロ…起きてていいのか?」
「あ…えっと…」
「…ルフィ…ルフィだよ。」
「ルフィさん…」

ゾロは笑顔で、すいません、と言った。
作り笑顔。
ゾロはそんなん絶対にしないのに…改めてルフィは思った。

ゾロであって、ゾロじゃない。

自分の気持ちに素直に、自由に生きているゾロが好きだった。
自分にも他人にも厳しくて、
でも仲間思いで優しいゾロが好きだった。

ここにいるゾロは、
俺の好きだったゾロの記憶がない────。


信じられないけど、それが現実なんだと、ルフィは必死に言い聞かせていた。
でないと…いつものように抱き締め、唇を合わせてしまいそうだったから。


ゾロを好きだと思ったのがいつだったかなんて思い出せない。
そんなことはどうでもいいことだと思っていた。
ずっと一緒にいることが当たり前だと信じて疑わなかった。
今はそんな大事な記憶の薄れてしまっている自分が腹立たしく思えた。
大事な大事な…ゾロの記憶。


「さっき…ウソップさんが来てくれたんです。」
黙っていたルフィにゾロが話し掛けた。
「ああ、ウソップが…」
「俺の顔を見て、泣かれてしまって…『みんな忘れちまったのかよ』って…。」
ウソップが言うのも無理もなかった。
ウソップがゾロに憧れていたのは誰もが知っていた。
勇敢な海の戦士になる夢を持つウソップにとって、
悪魔の実の能力を使わずして、己の鍛練のみであそこまでの強さを手に入れたゾロは理想そのものだった。
密かに筋トレをしているのをルフィは見たことがある。


「ウソップは…ゾロに憧れてたからな。相当ショックだったみたいだな。」
「みたいですけど…すいません、全然分からなくて。」
申し訳なさそうに笑うゾロに、ルフィは何故か苛立ちを感じた。
「だからウソップさんに聞いたんです。俺は…どんな感じだったんでしょうか?って。」
「うん。」
「聞けば聞くほど…信じられなくて…剣士で、三刀流で、海賊狩りで…」
ゾロがルフィの目を見た。
「あなたの…ルフィさんの片腕だったと。」


片腕どころか半身と言ってもいい、とルフィは思った。
でもウソップがそう言ってくれたのは嬉しかった。
「ああ、そうだよ。」
ルフィは答えた。
「俺にとって、ゾロは無くてはならない存在だ。」


また、ゾロは申し訳なさそうに笑った。
「俺は…ここにいてもいいんでしょうか?」
膝を抱えて切なげに。
「俺は…今の俺は…あなたの片腕にはなれない。」
そして微笑んだ。


イライラとした。
辛いくせに笑うゾロにイライラが募る。


「何で笑うんだよ。」
「え?」
「何で笑うんだよ!辛いくせに、悲しいくせに!俺には隠し事しねぇって言ったじゃねぇか!」
ゾロの切れ長の目が大きく見開かれた。
「俺には…みんな話すって言ったじゃねぇか…」
「ルフィさん…」


その時、ゾロの瞳から一滴の涙がこぼれた。
「何で…みんな忘れてしまったんでしょうか…」
「…んな事、俺が知りてぇよ…」ゾロの瞳からは涙が溢れ続けていた。
そう言えば、あの時────
アラバスタで目を覚ました日。
こんな風にゾロは泣いてくれたっけ。
ルフィは無意識にゾロの頬に触れ、親指で涙を拭った。


「ここにいろ、ゾロ。」

 

「お前は…俺んだ。」

 

本当は、
迷っていた。
俺の好きだったゾロじゃない…
同じように想えるのか分からなかった。
もしかしたら、
俺との記憶なんかない方がゾロにとって幸せなのかも…


だけど。


そう言ったルフィに、ゾロは嬉しそうに笑った。
やっと見た、ゾロの笑顔。
ルフィは賭けた。
ゾロの記憶が戻ることに。


もし戻らなくても────


ようやく泣き止んだゾロの頭を撫でてやると、
安心したのかトロンとした目をして、そのまま眠ってしまった。
子供みたいだな、あのゾロが…
ルフィは眠るゾロの額にキスをした。


 




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不安でしょうがないゾロ。
そんなゾロがもどかしく、愛おしいルフィ。



2009.12.03