『 a promise 6 − 自覚 − 』(ゾロ)
ウソップと話すようになってから、俺は確実に変化していた。
クラスでニコリともしたことがなかった俺が、
ナミやサンジの話を聞いて笑ったりしたものだから、クラスの連中はかなり驚いていたようだ。
同時に、靴箱やら机やらに手紙が増え、放課後に呼び出されることも何度かあった。
以前の俺なら全く相手にしなかったが、今はきちんと断わることも出来る。
サンジが勿体無いとギャーギャーわめくが、別にその気もないのに付き合う方がどうかと俺は思う。
今は、勉強に力を入れていたい。
それに、ほかの誰よりウソップと一緒に居ることを俺自身が望んでいた。
何故そう思うのか、俺にもよく分からなかった。
他人に興味など持ったこともなかったから…戸惑っているのも事実だった。
そのウソップが、この間からなんだか変だ。
以前は俺が図書館に着く頃にやって来て、帰る時には一緒に帰っていたのだが、
俺よりも早く来て、俺が帰っても残っている。
レポートが進まないから、と言うが、レポートをやってるようには見えねぇし。
かと言って、問い詰めるのも柄じゃねぇしな。
案外、ウソップにとっての俺は、そんな大した存在じゃねぇのかもしれない。
そんなにことを考えてながら、図書館に向かった。
いつもの席に来ると、相変わらずウソップの鞄だけが待っていた。
「ったく、どこにいやがる…」
辺りを見回すと、どこからか小さな声がしてきた。
(ゾロ、ゾーロ)
小声で俺を呼ぶウソップ。
声のする方を見ると、ずっと奥の、普段人が行きそうにない本棚の向こうで、
ウソップが手招きをしている。
「こんなとこで何やってんだ?」
ウソップはニコニコ顔だ。
「驚くなよ〜、ホラッ!」
ウソップが本を差し出した。
「こ、これ…」
俺は身内がいないから、剣道をしていた時の師匠が後見人になってくれている。
だからといって、そんなに余裕のある生活をしている訳じゃねぇ。
読みたい本は図書館頼みなのが現実だ。
少し前に、スポーツ医学についての本が入ったと聞いて借りてみようとしたのだが、
どうやら担当司書が本棚を間違えてしまったらしく、ドコにあるのか分からなくなっていた。
期待していただけに、かなりガッカリしたんだが…
その本を、今ウソップが手に持って立っている。
「なんでお前、この本のこと…」
「サンジだよ。」
サンジ?!
「サンジが教えてくれた。ゾロがスゴく残念がってたって。」
サンジがそんなこと…いつの間に…。
「サンジが言ったんだ、ゾロのこと頼むって。」
「は?何だよ、頼むって。」
ウソップはニッコリと笑って答えた。
「何でもいいじゃないか。俺はゾロのこと頼まれて、引き受けたんだから。」
さっぱり意味が分からなかった。
が、
少なくとも、ウソップにとっての俺は、そんなに軽い存在じゃあなさそうだ。
ん?じゃあもしかして…
「まさかお前、ずっとこれを探してくれてたのか?」
「へへへ、スゲェだろ?だからびっくりすんなって言ったんだよ。」
得意気なウソップ。
「なんだってこんな…大変だっただろ?」
「ん〜…」
少し考えてからウソップは答えた。
「楽しかったんだ。ゾロ、喜ぶかな〜とか考えながら探してたから。」
照れくさそうに笑う。
「今までゾロが笑顔でいられなかった分、俺が笑顔にしてやりたいんだ。」
何かが、自分の中で変化した。
何かが、関を切ったかのように溢れ出してきた。
抑えることの出来ない、何かが。
俺はウソップの腕を掴んで引き寄せ、強く、強く、抱き締めた。
離さない。
離したくない。
離すことが出来ない。
ずっとずっと、俺の腕の中にいて欲しい。
胸が痛い。
切ない。
俺は、ウソップに恋をしていたんだ…。
「ゾ、ゾロ…く、苦し…」
ウソップの声に我に帰る。
お、俺は…何を…
ゆっくり腕の力を抜く、いや、力が抜けていく。
そっと、ウソップが俺から離れた。
うつ向いていて顔は見えないが、耳まで真っ赤になっている。
「お、オイオイ、いくら嬉しいからって、びっくりするじゃねぇか。」
必死で普通を装うウソップ。
でも…ぎこちない。
「じゃあ、本、渡したからな。」
「あ、ああ…」
居心地の悪い、沈黙。
「あの、ウソップ…」
「ごめん、ゾロ。俺、今日は帰るわ。」
胸が痛んだ、さっき以上に。
「待ってくれよ、ウソップ。」
肩を掴もうと手を伸ばした途端、ウソップがビクッと身構えた。
それ以上、どうすることも出来なかった。
「…ごめん…」
絞り出すような声でそう言って、ウソップは走って行った。
「アイツ…一度も俺を見なかった…な…。」
それも当然のことだろう。
なんてことだ、自覚した途端にこれかよ。
「フ…フ…ハ…ハハ…」
笑うしかなかった。
泣きたい気持ちを抑えるためには。
俺は、俺にとって一番大切なものを失ったのかもしれない。