『きっと、戻れねぇ』



月夜。
スゴく綺麗な、満月の晩。
グランドラインではなかなか拝めねぇけど、そんな夜にはゾロは月見酒を楽しむ。
何故か、その時のゾロはいつも近寄り難くて、少し離れたとこから見ていた。

「おい、ルフィ。」
サンジがキッチンから声を掛ける。
「ん?なんだ?」
「マリモのヤツにツマミ、作ったから、持ってってやってくれ。」
「え?あ…ああ。」
近くに。
近くに、行ける。
そう思うと、身体が自然と熱くなる。
サンジが意味深に微笑んだ。
そか。
サンジも気付いてんだな。
気を遣わせてしまってんだ…わりぃな、でも、ありがとな。


「ゾーロ。サンジがツマミだってさ。」
「お、ぐるぐる眉毛にしては気が利くな。ルフィも、サンキュ。」
何だかゾロはスゴく機嫌が良くて。
「お前、ちょっと付き合えよ。」
なんて、いつも俺をガキ扱いして、酒に誘ったりなんて絶対にしねぇのに。
ドキドキした。
嬉しくて飛び上がりそうだった。
「そだな。たまには、いっかな。」
「お、話せるじゃねぇか。」
シシシ。
普通に、普通に。
俺の鼓動がゾロに聞こえないように。

他愛のない話。
コビーどうしてるかなだとか、俺がなんでゴム人間になったかだとか。
ゾロは、そんなんで能力者になったのか、と大笑いしていた。

ゾロはホントに機嫌が良くて、酒も随分と進んで。
ほんのりと赤くなった頬に、少しだけ上がった唇の端。
視線も何だかトロンとしていて…色っぽかった。
ゾロに色っぽいなんて言ったら怒られるかもしんねぇけど、ホントにゾロは色っぽかった。
抱きしめたい衝動を必死に抑えた。
俺は、ゾロを困らせたくねぇんだから、絶対にそんなことしちゃダメなんだ。
ダメ、なんだよ。

それでも、引き込まれそうな空気は変わらない。
ゾロ、ゾロ、ゾロ。
なんで、ゾロなんだよ。
なんで、なんで。

「ゾロは…好きなヤツとか…いんのか?」
「へ?」
「あ!いや、そのっ!何でもねぇよ!」
思わず溢れた言葉に自分で驚いた。
何やってんだ、俺は。
ゾロがそんな質問に答えるかよ。

「あー…昔な。」
ズキンッ。
心臓が悲鳴を上げる。
ゾロはそう言うと、思いを巡らすような目をして月を見上げた。
そして…見たこともない、優しい優しい、そして切なそうな顔をした。
ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ。
心臓は叫び続ける。

月。
もしかして…。
月はそいつとゾロを繋ぐ、キーワード…なのか?
だから、満月の晩にはいつも一人で呑んでいたのか?
そいつを思い出して。

そう思った途端。
俺の中で突然何かが弾けた。
それは、見知らぬゾロの想い人に対する、本当に幼い嫉妬心。
昔、と言うくらいだから、多分子供の時の話だろうけど、そんなことはどうでも良かった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
そんな顔をするゾロは見たくない!

溢れ出した感情は、たちまち俺を征服した。
もう止まらない、止められない。
俺はこんなにも、ゾロが好きなんだから!

俺は無言で、ゾロを抱きしめた。
「ん?な、なんだ?ルフィ。」
突然のことに驚いた様子のゾロ。
答えなかった。
答える代わりに。

そのままゾロを押し倒して、ゾロのその薄い唇にキスをした。

もう、引き返せねぇ。

俺は知ってしまったから。
ゾロの唇が、こんなにも柔らかくて、甘美な果実のようだと。
俺は知ってしまったから。
ゾロをこんなにもこんなにも好きだと。
俺は、俺は…もう…

 

きっと、戻れねぇ。

 


 


 

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ゾロが思い出している相手、そう、くいなですね。
ゾロはくいなが好きだったと思います。
でも、それはくいなが死んでしまった後に気が付いた感情で、そのことをゾロはずっと悔やんでいたと思うんだ。
最後の真剣勝負。
月夜の晩。
彼女との約束。
ゾロの中では大事な大事な記憶。
ルフィが嫉妬してしまうのも無理ないですよね。
だからこそ、想いが溢れて止まらなくなってしまった・・・・そんなギリギリの想いが伝われば、と思います。