「 君がいないと7 」



大笑いしていた花井がようやく落ち着き、大きく息を吐いた。
その表情は先程までの荒んだものと違って、穏やかで優しいものだった。


「あ〜あ。俺、何やってんだろうな。」
そう言って立ち上がり、大きく伸びをした。
「マジ、花井ってネガティブ過ぎてうぜぇ。」
うぜぇとか言うなよって、少し困った顔で笑いながら俺の背中を叩いた。
「戻れんのかな、俺。」
表情は相変わらず穏やかだけと、その笑顔は不安そうで、ある意味花井らしい。
「んなこと知るかよ。」
「ちょっ、冷てーな、おい。」
こんな時くらい優しくしろよな〜と、また困ったように笑う。
全てが花井らしくて、俺にとっても心地よい。


本当は、
好きとか嫌いとか、そんなん関係ないとこで花井と関わって行ければと思う。
だけど、
花井にはもっと俺を頼って欲しい。
もっと俺に胸の内を明かして欲しい。
もっと、俺を必要として欲しい。
そう思わずにはいられない。
花井の中の、一番になりたい。
そんな風にさえ思わなければ、きっと繋がりは消えないだろう、俺達は。
だからきっと、間違っているのは俺の方だ。
分かってるんだ。
花井を悩ませるだけだって。
そう、分かってる。


「なあ、花井。俺は頼りねぇか?」
「は?何言ってんだ。阿部ほど頼りになるやついるかよ。まあ栄口もそうだけど、俺は副キャプの人選大当たりだったって思ってっから。」
珍しくちょっと得意気だ。
「じゃあ、話せよ。」
「話せって、何を?」
「お前が考えてたこと、全部。」
表情が曇る。
俺の言いたいことが分かったようだ。
「んなぐちゃぐちゃと悩んでんだったら、俺に話せっつってんの。別に何の解決にもなんねぇと思うけど、ちったぁ気が楽になんだろ?」


眉が、ヘニャっとなる。
ああこれって花井の癖だよな。
嬉しい時の、癖。
「…ありがとう、阿部。」
「べ、別に。普通だろ、友達なら。」
友達。
そう、友達だから。
言っといて、胸がぎゅうっと痛んだ。
何か気が付いたのか、花井は申し訳なさそうな顔をして俯いた。


そうして、またしばらく沈黙が続いた。
何かを言いたげに顔を上げたが、すぐに俯き、花井らしく何度も繰り返す。
やっぱり困らせたか。
言ったことは後悔してねぇけど、悪かったなとは思う。
さて、どうしたもんか。


「阿部、あのさ…」
不意に名前を呼ばれ、驚いて顔を上げると花井は真っ直ぐに俺を見ていた。
ああ、何かを言う決心をしたんだな、そう理解した。
「…何だ?」
何を言われても平気だ、そう言い聞かせて覚悟をした。
「元に…元に戻ったら、一緒に行こうな。」
「…は?」
「買い物。」
そう言うと、花井はニッコリ笑った。
田島なんだけど、やっぱり花井に見える優しい笑顔。
不覚にも、鼻の奥がツンとして、何かじわじわと来るものを感じていた。
「…ああ。約束したからな。」
「おお、約束してたから。」

何か安心したようにふうっと息を吐いて、田島の身体を確認するかのように触れた。
最後にパンパンと膝を叩くと、花井は大きく深呼吸をして、ついっと空を見上げた。
俺もつられて見上げる。
たくさんの星が見えて、ああこんなに綺麗な夜空だったんだなぁって言ったんだけど、その返事はなくて。
不思議に思って花井を見たら、ぐらぁぐらぁと倒れんばかりに揺れていて。
「わっ?!ちょっ、おいっ花井!?」
間一髪で抱き止め、顔を見るとスースーと寝息をたてている…
「…た、田島?」
田島だと思った。
花井じゃない。
そう思った途端、涙が溢れた。
今の今まで目の前にいた花井は、消えてしまった。
もしかしたら、元に戻ったのかもしれないとも思った。
それでも不思議と涙は止まらなかった。


花井。
俺の気持ちを否定しないでいてくれてありがとう。
お前の本音を聞かせてくれてありがとう。
まだ俺は花井に何もしてやれてねぇよ。
だから、なぁ、早く帰ってこいよ。
一緒に買い物行こうぜ。
一緒に、野球しようぜ。
お前がいねぇと、つまんねぇよ。

あのシガポが猛ダッシュでやってきて、俺達待望の話をしてくれたのは、それから一週間後のことだった。


「…花井」
「よお」


数日後、練習を終えてうちに帰ると、玄関先に花井がいて。
静かに微笑む花井を見てたら、言葉なんか全然出て来ない。
「今日退院してさ。一番に会いたかったんだ、阿部に。」
そんなこと言われたら、顔上げらんねぇだろ、馬鹿花井!
「なぁ阿部。俺、良かった。西浦で。」
うん。
「阿部に出会えて、良かった。」
…うん。
「買い物、今度行こうな。俺すげぇ楽しみにしてっから。」
……うん。
「あんな、阿部。」
…何だよ。
「ありがとな。」
…俺、なんもしてねぇって。
「ホントありがとう。」


甲子園行こうなとか、みんなどうしてる?だとか。
花井は色々言って来たけど、俺は一言も答えられなくて。
ただ、花井が今ここにいるその現実に。
一番に俺んとこに来てくれたことに。
馬鹿ヤロ。
ますます好きだと思うじゃねぇか。


俺のそんな心境を知ってか知らずか、花井は微笑んだままで。
やっぱ花井らしくていいなとか思うのは、惚れたなんとかか。
「みんな…呼ぶか。」
やっとで言った一言に、ニッコリと花井が笑う。


花井がいる。
満たされる感覚。
そのことを実感しつつ、俺はみんなに一斉送信した。



◇ ここまで一気にアップさせていただきました〜
  結構前にもう書きあがってたんですけどね。なかなかアップ出来ませんでした、ごめんなさい〜
  これ、確か花井誕SSだった気がします。ええ、気のせいではございません。
  まあ、いいか(いいのか)
  番外編として、田島編も書いてます。それは近々ね!


 2012.03.12


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