「 君がいないと 番外編 田島Side 」
目を開けると、いつもの見慣れた風景。
何もかも、いつも通りで。
ああ、部屋は綺麗になってるかないつもよりずっと。
それもあと数日もすれば元通りだ。
花井が事故に遭って意識不明だと連絡があった。
そう聞いた途端、何だか訳が分からない感情がぐわっと押し寄せてきて。
殆ど気を失うように眠って、花井、花井と夢で叫んでいた。
真っ暗な意識の中で、小さな、何かフワリとした物を感じて。
何気に掴むと、見る見る俺の手に吸収されていった。
ブツン。
俺の意識と身体が、
切り離された。
俺の意識に無理矢理流れ込んでくる記憶、記憶、記憶。
訳が分からなくて、俺は気が狂ったんだろうかと思った。
視界は開けているのに身体は誰か違う人間が動かしている…
まるでテレビの映像を見ている感覚。
そして頭の中で響く声。
…花井?
見える映像。
頭の中で響く声。
ようやく俺は俺の身体が花井に動かされていることを理解した。
花井が俺の中にいる。
花井は、
俺にどうしようもなく憧れ、妬み、
そして花井自身のことを嫌悪していた。
花井は俺にとっていいライバルで。
花井がいるから、西浦で野球することがすげぇ楽しかった。
それは花井にとっても同じなのだと、勝手に思っていた。
なのに────
花井の俺への憧れは、普通じゃなく。
入れ替わりたいとか、俺(田島)ならもっと幸せなのにとか。
自分は西浦に必要な人間じゃないんだとか。
花井否定が前提だった。
そんなことねぇ、お前はお前だ、必要に決まってんだろうと何度も叫んだが…
花井には聞こえない。
花井には届かない。
ちくしょう、とジタバタすること数日。
俺の中の感情に変化が生じる。
嬉々として野球をする花井。
ひとつひとつ確認するように練習をする花井。
田島、田島と嬉しそうに。
嬉しかった、純粋に。
ライバルと思っている花井。
負けると思ったことはねぇけど、デカいガタイになんか負けねぇって自分をいつも鼓舞させてくれる相手。
そんな花井が自分の中にいて、俺を最上級の選手だと叫んでいて。
何故だか、この状況を受け入れ始める自分がいた。
自分の自由にならない身体。
賛美され続ける日々。
今にして思えば、俺は酔っていたのかもしれない。
次第に花井の感情が、俺自身のもののように。
『俺は、すげぇ。』
────花井は、俺の中に居ればいい。
花井の気持ちが揺らぎ始める。
『このまま田島でいいんだろうか?』
いいよ、俺がいいっつってんだろが。
『田島、田島。答えてくれよ。俺…』
だからいいんだって!
『俺…花井梓なんだよ…田島じゃねぇんだ…』
当たり前のことなのに、何故受け入れられないのか。
花井を自分自身に取り込んで、離したくないと思ったのは何故か。
分かんねぇ。
分かんねぇ、
けど。
焦っている自分に戸惑う。
それでも花井を手離したいとは思えなくて。
そのうち花井は、自分を辿るようになった。
自分ちのマンション前まで行ってみたり、中学校まで行ってみたり。
事故現場までも行ってみた。
その時必ず思うのは阿部のことだった。
その事にまた腹が立つ。
花井が家族と俺以外の人間のことを思うことがそれまでなかったから。
そしてあの日。
花井は自分の机に座って歌を歌っていた。
知らない曲。
でも、思い出してるのはやっぱり阿部。
そして────
阿部は俺の中にいる、花井に気が付いた。
途端に花井は、自分になりたい、花井に戻りたいと切望しだす。
ああ、
俺は間違ってんだな。
ようやく俺は、花井を解放した。
俺から離れた花井は、一度振り返って、優しく優しく微笑んだ。
それから、ふわっと消えた。
花井は元に戻れるのかな、大丈夫かな…
阿部の声がして、意識が遠退いて。
目が覚めたら自分の部屋だった。
自分の手を顔の前に持ってきて握ったり開いたりを繰り返す。
俺だ。
田島悠一郎だ。
安堵感と何だかすごく寂しい感情が入り混じる。
でもこれでいい。
これでいいんだ。
なぁ、花井。
これからも俺達はライバルだ。
ずっと競って、一緒に強くなろう。
ああそうだ。
お前の胸の内に芽生え始めてる感情は、黙っててやるよ。
花井自身、気が付いてるかは謎だけど。
◇ 田島は?という姉の一言で番外編を書くことになりました。
で、アップするって宣言してから何か月だよw(3か月です)
ぐだぐだ長く書いてごめんなさい!!
2012.06.03
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