「 君がいないと6 」



「お前…ふざけんのも大概にしろよ。」
今にも爆発しそうな感情を何とか抑えて言った。
花井の瞳が動揺して揺れる。
「ふ、ふざけてねぇよ。」
それでも花井は負けじと俺を睨み付ける。
「事実だろ。」


なんだ、何なんだ。
こいつは全然分かってねぇ。
俺が、俺達が、どんだけお前を必要としてるのか。
どんだけお前が帰って来る日を待ち侘びているか。
俺が、俺がどんなにお前のことを…!!


掴んでいた手を力一杯突き放す。
花井は突き飛ばされた格好になって、尻餅をついた。
「ってぇ!!何すんっ……」
非難めいた目で俺を見上げ、直ぐにその思いを言葉にしかけた花井は最後までその言葉を言うことなく黙り込んだ。
その瞳は、怒りではなく、驚き、戸惑い。


「何でお前…そんなんなんだよ。」
抑え切れない。
溢れてくる感情。
頬を伝う、涙。


「田島がすげぇのは分かってるよ、俺だってたまに思う、俺よりキャッチャー出来んじゃねぇのってな!!
だけどそんなんいちいち気にしてられっかよ!いいことじゃねぇか、チームメイトにすげぇやつがいるんだからな!!
花井が田島にライバル意識めちゃくちゃ持ってんのも分かってたさ。
そんで花井がすげぇレベルアップして来てんのも分かってる!!それでも田島に届いてねぇのも分かってる!!
それが何でお前が必要ないことになんだよ?!誰がそんなこと言ったよ?!お前キャプテンなんだろーがっ!!
田島にキャプテン出来っか?!無理だろうがっ!!お前はお前の役目があんだろ!!
お前がいねぇと俺ら全然締まんねぇの分かんねぇ?!こんなに俺らがお前を待ってんのが分かんねぇ?!
こんなにっ…俺がお前必要だっつってんのに分かんねぇのかよっ!!」


呆気に取られた花井の表情を見ながら、俺は一気にまくしたてた。
三橋や田島に怒鳴ることはあっても、花井に怒鳴ることはあんまりない。
いや、なかった。
それだけ、花井とは意志が疎通してたて思うし、考え方が一番近いという自負みたいなもんがあった。
それなのに、花井は自分のことを卑屈に曲がった見方しかしていないことをたった今知った。
知らなかった花井の思い。
花井への苛立ち。
自分への憤り。
訳の分からないぐるぐるとした思いが支配して、俺は止まれなかった。


「大体な、俺があの日…お前が事故に遭った日。どんな想いでお前誘ったと思ってんだ?!
ずっとずっと前から、どうやったら不自然じゃねぇのかって悩んで悩んで悩んで!!いっつも頭のどっかにお前のことがあって!!
それがあの事故だ!俺が誘わなきゃ良かったのにとか、そもそもお前好きになったりしたからだとか…
お前、俺に出会わなかったらこんな目に遭わずにすんだのにとか………」


あああ、もう俺、何が何だか分からなくなってきた…
イライラする、あの三橋以上に。
お前のそんなネガティブなとこ、一番嫌いで……


───── でもそんなとこ全部好きだ。


「あああああ!!何でお前田島に入ってんだよ、この俺の苛つきはどこへぶつけりゃいいんだよ!?
すぐさま出て来い、俺の目の前に来い!!
そしたら特大の梅干し食らわかしてやっから!!!」

 

しんとした空気の中、俺が肩で息をしている音だけが響く。
花井は相変わらず呆然と俺の顔を見ていて微動だにしない。
どれだけそうしてたか分からない。
ようやく俺の呼吸が整ってきて、大きく、はあぁと息を吐いた時。
花井が小さく何かを呟いた。


何?なんて言ったんだ?
花井の口元をジッと見つめた。
「う、めぼし…」
は?
梅干し?!


「阿部、梅干しって…」
「…反応すべきはそこかよ……」
フッと吹き出したかと思ったら、今度は肩を揺らして笑うのを堪えてる。
いや、堪え切れてねぇけど。
「今俺、笑えるような話したか?」
「あ…すまん、そうじゃねぇけど…」
呼吸を整えてなんとか話す花井。
「だって普通さ、ぶっ飛ばしてやるとか殴ってやるとかじゃね?特大の梅干しって…なんだよそれって…」
そしてまた肩を震わす。


…なるほど。
確かに普通はそうか。
指摘されて気が付く。
梅干しってなんだよ。
そう思ったら俺も笑いが込み上げてきた。
そして堪え切れずに吹き出すと、ほぼ同時に花井も吹き出した。


何だよ笑うなよ、いやだって阿部のせいだろ、つうかお前だって笑ってんじゃん、うっせぇ花井が笑うからだろ。


止まらない笑いを堪えながらしばらくこんなやり取りが続いた。
もう涙目。
腹痛てー。
さっきまでの卑屈なお前よか、ずっとずっといいよ、花井。
だからお前。
早く帰ってこい。





 2012.03.12



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