「 君がいないと4 」


 

『タジマ』は何も答えず、ジッと俺の瞳を見つめ返す。
相変わらずグレーではあるが、この何でも見透かすような目は、やはり田島のもののような…


だ、だよな。
そんなこと、ある訳ねぇよな。
田島が花井だなんて…俺、なんかテンパって訳分かんねぇこと考えてるよな。
「すまん、変なこと…」
「どこで気が付いた?」
「…へ?」
そのもの言いはやはり田島で。
でも目は花井のグレーで。
どこで気が付いたとかなんとか言ってて。
「どこでって…お前…誰なんだよ。」
「……阿部の思ってる通り。」
「通りって…花井、なのか?」
コクンと頷く『タジマ』。
何なんだよ、それ。
訳分かんねぇ。
自分で言っといてなんだけど、理解不能な話だ。
普通にあり得ねぇ。


『タジマ』がフウッと息を吐いて、下を向き、もう一度俺を見上げた。
「…あ、れ?」
変わった。
何がって、表情とか全体の雰囲気とか。
「…花井…っぽい。」
「ぽいってなんだよ(笑)」
笑う表情が、完全に違う。
俺の知ってる田島じゃねぇ。
花井。
確かに花井だ。
そう思いはするが…脳内でごちゃごちゃと訳分かんねぇ。
それを見た『タジマ』は困ったように笑った。
「眉間、すげぇ。」
そんな言い方をすんのは、やっぱ花井だ。
「花井…」
なんかジワッとくる。
ずっと会いたかった。
あの日のことを詫びたかった。
俺の中のいろんなことを聞いて欲しかった。


「とりあえず、練習に行こう。今日終わった後、うちに…あ、田島んちな、これるか?」
「あ…ああ。」
優しく微笑んで、それから目を閉じて大きく息を吐くと、また表情は変わっていた。
いたずらっぽくニカッと笑い、
「早く行かねぇと栄口に怒られるって!急ごうぜ!」
と走り出した。
慌てて俺も走り出す。
何だか訳分かんねぇけど、今目の前を走るやつは、田島で花井で。
どっちなのかはっきりしねぇやつで。
それでも、花井がいてくれている安心感が俺を包んでいた。
集中しよう、練習に。
今日は一年ピッチャーとのバッテリー練習があった。
三橋がすぐライバル意識を出してオロオロするから気が気じゃねぇ。
田島が上手く治めてくれればいいが…ああ、花井なら治めてくれるはず。
あんなに不安定だった気持ちが落ち着いていくのが分かった。
花井。
そこにいるんだよな?
お前がいると、俺は安心して野球出来るんだよ。
何でかなんて、知るかよ。


練習が終わって、みんなで部室を後にして。
「あ、忘れもんした。」
「また?」
栄口が笑う。
うっせぇよ、と返事をして、先に帰っていいぜと部室に向かった。
忘れもんなんかしてなかったけど、みんなの前で田島の家に向かう訳には行かなかったから。
部室まで来て、腹減ったなぁと思いながら次はグラウンドに向かった。
グラウンドを横切って行く方が近道だから。


「阿部。」
声がする方を向くと、ベンチから『タジマ』が出てきた。
「待っててくれたのか。」
「帰ってからな。」
と、差し出されたのは菓子パンだった。
「なんも食わねぇと、話に集中出来ねぇだろ?」
こんな気遣い、田島には出来ない。
「…やっぱ花井なのか…」
「そう言ったろ?」
フッと笑う表情にドキリとした。
顔はちゃんと田島なのに、花井がダブって見えたから。
一つ一つの仕草や表情。
今目の前にいるのは、花井だと分かる。
信じがたい事実だが。


「なんでこんな…。」
「…分かんねぇよ、んなこと。俺が知りてぇ。」
困ったように笑う花井(あえて花井と呼ぶ)。
まあ確かに、それはそうだろう。
どちらかと言えば常識に捕われるタイプの花井。
こんな非常識な話、なってる本人が一番信じらんないだろう。
「あん時…俺、な…」
「あん時?」
「…事故の時。」
ズキンと胸が痛んだ。
今更だが、俺が誘わなかったら、と思ってるから。
「俺、死ぬんだと思ったんだ。もうダメだって。痛いとかもだけど、意識が遠退いてったから。」
リアルにあの時の話を聞くと余計に胸がズキズキとした。
「そんでな…俺、そん時…」
花井の顔が歪む。
「今度生まれ変わる時は、田島になりてぇって思ったんだ。」
「…田島に?」
自嘲気味に笑い、花井は俺を見上げた。
「いや、正確には田島だったらもっといい一生だったのにって思った。」
「!!」


そこまで。
花井は田島への劣等感でガチガチになってたのか。
自分自身を認めることが出来なかったのか。
コンプレックスがあることは分かってた。
でもそれは当たり前に、自分より優れた者に対する普通のものだと思ってた。
「田島だったら…俺はチームに絶対的に必要な人間だったろ?」
言葉が出ない。
言葉にならない想いが身体中をぐるぐると駆け巡る。
違う、違うぞ花井。
お前はお前で、チームに必要不可欠なのに。


花井がそんな風になったのは、きっと俺達のせい。





 2012.03.12



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