「 君がいないと3 」
合宿が終わり、夏の大会を視野に入れた練習が続く。
必死だった。
それこそ本当に死に物狂いで。
誰もそうだったと思う。
シガポは毎日花井のことを聞かせてくれた。
変わらない、花井のことを。
みんな何も言わない。
多分、言えないんだろう。
「志賀先生。いつもありがとうございます。」
「いや、それはいいんだけど…あんまり考え過ぎないようにね。」
「はい。大丈夫です。」
笑顔を返して練習に向かう。
シガポに嘘は通用しないだろうけど。
花井は目覚めない。
眠ったままだ。
あれから何日経つのか、もう麻痺して分からなくなった。
だけどそんなには経っていないはず、なのに。
そこに花井がいて、田島を怒鳴ってたり、ちょっと誉めると真っ赤になって照れたりしてたのがなんだか嘘みたいで。
もう目の前に花井は現れないんじゃないかって…
俺のせいで。
見えない何かに押しつぶされそうだった。
早く、早く。
帰ってきてくれよ。
頼むから…俺、もう耐えらんない。
おまえが、花井がいないのなんて。
ミーティングの後、栄口と練習メニューの調整をしてから練習に向かう。
ふと、教室に忘れ物をしたことに気が付いた。
「栄口、先に行っててくれ。忘れもんした。」
「分かった。」
笑顔で手をヒラヒラとする栄口。
ヒラヒラ。
あの手の振り方は、ねぇな。
そう思ったら、久しぶりになんか可笑しくて笑った。
廊下には誰もいなかった。
放課後、そう早くない時間。
帰ったやつ、部活してるやつ、様々だ。
静かなのがまた、不思議な感覚になる。
昼間はあんなに騒がしいからかな。
教室に入ろうとして、人影に足が止まった。
あれ?…た、じま?
田島だ。
さっきまでミーティングしてて、グラウンドに向かったはずなのに…
それにここは田島のクラスじゃない。
七組だ。
俺や、水谷や…花井。
篠岡。
田島は九組で…
だけどその田島がいるのは七組で、座っているのは─────
花井の席だ。
ズキン。
心臓が何かに鷲掴みされたような感じがした。
後ろ姿で表情は分かんねぇけど、田島なのは分かるし、いつもの田島じゃねーのも分かる。
その背中に、唯事ではない想いが溢れ返っていた。
どんな想いかまでは分かんねぇ。
でも、花井の席で、ジッとしている田島に対して俺は子供じみた嫉妬心を感じていた。
俺が。
俺が花井をどんな風に想っていたのかが分かった。
分かってしまった。
誰よりも仲良くありたいと感じていた。
花井に対する独占欲。
俺は花井が好きだったんだ。
あれは、恋愛感情だったんだ。
気付くと同時に戸惑いと嫌悪感に襲われる。
花井は男だ。
当たり前だけど俺もそうだ。
そんな感情、あって堪るか。
グッと下唇を噛むと、何かが聞こえて来た。
その音に集中すると、田島が何かを歌っていることに気が付いた。
バラード、か?
田島は賑やかな曲が好きだから珍しいなと思った。
どっかで聴いたことあるけど…なんだったかな?
「阿部?」
声がしてハッとする。
田島がこちらを見ていた。
「あ、ああ……練習、行かねぇのか?」
「……すまん、今行く。」
「…そうか。」
だけど田島動かなくて、少し俯いたまま黙ってしまった。
迷ったが、忘れ物を机から出して鞄に収めると、
「行くぞ。」
と声を掛けた。
「何も聞かねぇのか。」
俯いたまま田島は言う。
顔色があまり良くない。
見られたくなかったんだろうなと思った。
そりゃそうだろ。
逆の立場だったら、ダッシュで逃げてたかも。
「聞いて欲しいのか。」
「…いや……」
「話したいなら話せばいい。話したくないなら話さなきゃいい。別にどうこう思ったりしねぇよ。」
嘘だ。
すげぇ気になってる。
嫌悪感はあるけど、自分が花井を好きなんだと言う想いが消えたとは思えない。
むしろ強くなった、認識した分。
聞きたい気持ちは山々だ。
聞く勇気がねぇんだよ。
「…阿部で良かった。」
田島は顔を上げて辛そうに笑った。
「何がだよ。」
「ん…何だろ、そう思った。」
やっぱり辛そうに、無理に笑ってるのが分かる。
どう言っていいのか分からない。
沈黙がキツかった。
「…さっき…」
「え?」
「いや、さっき、歌、歌ってたよな。」
目を見開く田島。
「そう…だったか?」
「ああ。最近のじゃねぇ感じの。」
「…あ〜…そうだったかも。」
そう言うと、さっき歌っていた歌を口ずさんだ。
…なんだっけ。
すげぇ聴いたことあんだけどな。
少しだけ歌って、田島はフウッと溜め息をついた。
「行くわ、練習に。」
「あ…ああ。そうだな。」
そのままのギクシャクした空気のまま、二人で教室を出て、昇降口に向かう。
下駄箱のところで別れて自分の靴を履き替えた。
ここで靴を履き替えながら、そうそう、花井もよく鼻歌を歌ってた。
アイツ機嫌の良し悪しが分かりやす過ぎなんだよな…
「…あ。」
あの歌。
よく花井が歌っていた。
あれは、前にうちに来た時、母親が聴いていた曲をえらく気に入ってダビングしたりしていた曲。
確か、母親が若い時のロックグループかなんかの曲だ。
…田島も知ってたのか?
いや、知ってたとしても田島が好きそうな曲じゃない。
そもそも田島ってあんな表情するやつだったか?
ここ最近の田島は確かに変だ。
花井のことがあったから仕方がねぇと思ってたけど、なんか、なんか……
警告音が頭の中に響く。
「阿部ー?まだか?先行くぞ??」
田島の声がする。
「ああ、今行く。」
外に出ると、田島はすでに歩き始めていた。
駆け寄って横に並ぶ。
そんな訳ねぇと思いつつも、止まらない警告音に、俺は口を開いた。
「なあ。」
「ん?」
「…お前…誰だ?」
ビクッと田島の身体が動き、足が止まる。
「お前……花井か?」
俺を見上げる『タジマ』の瞳は、見たことのあるグレーな色を湛えていた。
◇ またまた久しぶりの更新w
やる気あんのかとか色々言いたいことはあろうかと思いますが、もうごめんなさいとしか(汗
まだしばらく続きます。お付き合いください。
2012.02.05
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