「 気付いて欲しい9 」




いや、今度は浮かれ過ぎだ、花井。
言いたいこと言って、ウザいやつ扱いされて、それで浮かれるたぁお前それはどうよ?


うちに着くなり、やれ久し振りだの(引っ越しの時以来か)、
変わってねぇだの、殺風景で俺らしいだの、でももうちょっとなんとかなんねぇのかだの。
余計なお世話だ、追い出されたいかと言うと、ごめんごめんって謝る気のない謝り方されて。
まあいいけどさ。
お前が楽しそうで何よりだ。


乾杯して、ほんの少し飲んだだけで花井の目がなんかヤバい感じになってきた。
「おい、花井。お前…もしかして酒弱ぇとか?」
「んなことは…ねぇと思う…」
「何だその思うって。」
何でも。
野球部の面々で飲みに行くことはあるけど、いつも気が付いたら寮に帰ってるって。
そりゃあお前…
「記憶がないって相当飲まないとないと思うんだがな。」
「んー…分かんねぇ。」
そもそも俺ら未成年じゃん、飲んじゃダメじゃん、とケラケラ笑う。
ダメだ、かなり酔ってる。
たったこんだけで酔えるとは、経済的なこった。


「なーなー。阿部はどうなんだよ?」
「は?何が。」
「何がって、野球。」
「ああ、野球な。どうって、やってるよ。」
何だよ〜と俺の答えに花井は不服そうだ。
「他に何言やいいんだよ。」
「俺さ、辞めようと思ってたんだ。」
「…は?」
ふふっと笑う花井はどこまでも楽しげで、俺の聞き間違えかと思った。
「今日打てなかったら、辞めるつもりだった。」
「…なんで。」
「なんでって……んーなんでかな。」
やっぱり笑顔の花井。
「でも、阿部が来てくれたから。」
「俺は関係ねぇだろ。」
あるよ、と俺をジッと見た。
逸らせない瞳に、上がって行く心拍数。
酔ってる花井はどことなく色気があって、俺の気持ちを騒つかせる。


「阿部がいなかったら俺野球してねぇもん。」
「はぁ?」
花井は俺の顔の前に、ズイッと指を三本差し出した。
「三打席勝負。忘れたとは言わせねぇぞ。」
「あぁ…三打席勝負な。」
忘れるもんか、三打席勝負。
身体がデカいだけのプルヒッターかと思ったら、なかなかどうして。
思えば、あの頃から花井を見てたのかもしんねぇな。
「あれなかったらさ、俺野球してねぇもん。」
「そうか?んなこたぁねぇだろ。」
あるってばー、膨れる花井を見ながら、こいつってこんなに無防備なやつだったかなと思った。
キャプテンで、なんかお兄ちゃん気質で。
いつも田島に遅れを取ってて、それがものすげぇコンプレックスで。
本音は口にせず、どっか人と線を引いてるような印象があるから。


花井は俺への文句を並べ、酔ったやつよろしく同じセリフを何度も繰り返す。
こちらもハイハイと返事を繰り返す。
そのうち小さな声になり、寝たか?と思ったその時。
「…隆也。」
つぶやくような小さな声。
だけど、はっきりと聞こえた。
「なんだよ。」
跳ねる心臓。
バクバクと鳴る。
花井に気付かれないように、気のない返事をした。
「名前で…呼んでいいか?」
「…お前、梓って呼ばれたいのか。」
うお…と嫌そうに軽く眉間にしわを寄せたが、すぐに笑いだす。
「ん…隆也、なら…いい。」


今アルコール飲んでて良かった。
じゃなかったら、赤くなる顔を隠すことが出来なかったから。
ふざけてんじゃねぇぞ、と言ったけど、花井の耳には入ってないみたいだ。
こたつに横なり、スースーと眠っていた。
ホントにふざけてんじゃねぇぞ、花井。
俺の気も知らねぇで。
「…勘弁してくれよ…俺、お前が好きなんだぞ。」
小さくつぶやいて、また胸の奥にしまい込んだ。
そして俺は、やっぱり眠れない夜を過ごした。

 

 

「…あ…朝?」
「お、起きたな酔っ払い。」
結局こたつで寝てしまった花井は、掛けておいた毛布をはぐると大きく伸びをした。
「うお…身体痛てぇ。」
「お前みたいにデカいのが、こんなちっせーこたつで丸くなって寝るからだ。知らねぇぞ、風邪引いても。」
へーきへーきと笑う花井は、夕べと同じく機嫌は良さそうだ。
インスタントコーヒーを淹れて渡すと、やっぱり嬉しそうに笑った。
ったく、人の気も知らねぇで。


一口コーヒーを飲んでから、花井が思い出したように「あ!」と言った。
「俺さ、夢見たんだよ。阿部の夢!」
「俺?!」
「すげぇ変な夢。」
可笑しそうに笑う。
「あんな、俺が阿部を『隆也』って言ってさ。」
なんだ、あの辺の記憶は曖昧になってんのか。
「阿部が『梓』って呼ばれたいのかっつうから、いいよって俺が言うんだよ。」
笑いを堪えながら話し続ける。
それは夢じゃねぇって言おうとして、次の花井の言葉に凍り付いた。


「その後さ、阿部が俺のこと好きだって呟くんだよ!な?!笑えるだろ〜!」


聞かれてた。
寝たと思っていたのに、聞こえてたのか。


あまりの事で全然リアクション出来ず、多分すげぇ真顔だったんだと思う。
笑ってた花井が次第に表情を硬くする。
「阿…部?」
「…あ、そりゃ…笑える…な。」
やべぇ、俺今どんな顔してんだ?
「…もしかして…夢、じゃ…ねぇ?」
ああ、俺…
何で笑い飛ばせないんだ。
何で違うと言えないんだ。
理由は多分、俺自身がよく分かっている。
心のどこかで、花井に気付い欲しいと思っていた…だから…。


「あんな、花井、俺…」
「帰る。」
持っていたマグカップをこたつの上に置くと、花井はそう言った。
「すまなかったな。急に来たりして。」
「や…それはいいけど…」
バタバタと立ち上がり、コートを羽織ると玄関に向かう。
そこでコートの襟が折れていたから、直してやろうと花井に手を伸ばしたら…
花井はビクッとして一歩下がり、俺の顔も見ずに言った。


「俺…そんなつもり…ないから。」


一人残された玄関で、暫く茫然と立ち尽くした。
分かってたさ、花井。
そんなことが分からない俺じゃねぇよ。
分かってた、けど。
「…くそっ…俺何やってんだ…」
こんな終わりを望んでいた訳じゃない。
花井に気付いて欲しい…でもそれは考えてはいけない事で。


胸が苦しくて、どうしようもなくて。
悲しい想いが俺を支配していた。
でも、これで終われるんだなと安堵みたいな想いもあった。


これで、
終われる。
終わる。







◇ いつまでも抱えてなんていられない。



2010.08.23


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