「 気付いて欲しい7 」




「ねぇ、君って…もしかして阿部隆也?」
そう声をかけられて振り向くと、ジャージ姿の見知らぬ男性が立っていた。
「…あんた誰?」
ついいつもの調子で答えて、相手が苦笑いするのを見てから、ここでは俺は部外者だったと思い出す。
「あ…すんません。そうですけど、何か?」
「やっぱりそうなんだ、こんなとこで会えるとはなぁ!」
一人で盛り上がる相手にどうしたもんかと思っていたら花井がやってきた。
「あれ?先輩どうしたんですか?」
話し掛けたのは俺にではなく、そのジャージにで。
「花井、阿部隆也と知り合いだったんだな〜。」
「はい、高校一緒で。って先輩、阿部知ってるんですか?」
俺をそっちのけな会話展開にちょっとイラつくけど、それは俺も知りたい。
「あれだろ?榛名元希が認める唯一のキャッチャー。」
「!!」
「榛名…さん。」
「結構有名だよ?何、自覚なし?」


元希さんは公言していた通りにプロへ行った。
たくさんの新人の中で、元希さんはそれほど評価は高くなかったんだ。
だけど…
「『プロ以外で、俺が本気で投げる事が出来たのは隆也だけ。』なんてさ〜すげぇじゃん!」
高校では本気で投げられなかったんだ、キャッチャーが捕れなくて。
当然プロでは本気で投げる訳だから、前評判と違う投球にちょっとした騒ぎになった。


その元希さんがインタビューで言ったことをジャージは興奮気味に話す。
「俺が組んでたのは中学ん時ですから、今の球なんてとてもキャッチ出来ませんよ。」
「いやあ、それでもすげぇって。榛名選手ってどんな人だった?」
「どんなって…こだわりの強い…人でしたね。」
こだわりが強いどころかわがままの塊みたいな人だったけど。
「そうなんだ〜。だよな、やっぱプロになる人はそうだよなぁ。」


弱ったな。
こんな昔の話したい訳じゃないんだけど。
元希さんとはまともなバッテリー関係じゃなかったし、正直あんまいい思い出じゃねぇし。
元希さんがあんな風に言ったりするのが信じらんねぇんだよな。
(ぶっちゃけ迷惑だ)
でも花井の先輩だし。
どうするか…。


チラリと花井を見ると、下唇を軽く噛んでいるのが分かった。
え?花井イラついてる?
なんで?
俺がイラつくなら普通そうだろうけど、花井がイラつくのは変だろ?
腑に落ちない気分ではあったけど、早くこの状況を脱したいのには違いなかった。
「あの…すんません、俺そろそろ行かないと…。」
ジャージにそう言うと、ああごめんな引き止めて、とすまなそうに笑った。
「榛名選手に応援してるから頑張って下さいって伝えてよ!」
「あ…いや、俺は…」
ジャージは俺の言葉も聞かずに、
また観においでよと言って笑顔で俺達から離れて行った。
「お疲れ様っしたー!」
花井が頭を下げたので、俺も下げる。
俺は小さく溜め息をついた。


その横で、花井が大きく溜め息をつく。
「…阿部この後、なんか用あんのか?」
信じられないくらい不機嫌極まりない顔。
俺じゃあるまいし、お前そんな顔出来たんだな。
「ああ、あるよ。」
「…そうか。」
「花井と飯食いに行こうと思ってる。」
「…え…は?」
ニッと笑うと、花井も慌てて嬉しそうに笑う。
「じゃあさ、俺外泊許可貰ってくるよ!」
「え?外泊許可?」
「久し振りだもん、阿部んち泊めてくれよな!?」
花井は野球部の寮に入っているから、外泊するなら当然許可がいるんだが。
「俺んちに…泊まるのか?」
「ダメか?」
何の心の準備も出来てないのにそんなこと!とは思ったが、
ちょっとしゅんとした表情になった花井を見たら、ダメなんて言えるかよ。
花井、それ反則だ。
「構わねぇけど、散らかってんぞ?」
「それこそ構わねぇよ(笑)」
「あ、布団とかねぇけど。」
「何とかなるって。」
楽しそうな花井にこれ以上何を言っても無駄だろうな。
何だか嬉しくて、何だか切ない。
でも嬉しい気持ちが勝る感じ。
これで、いいのかな、これで。


外泊許可を貰ってくると俺から離れかけた花井が、不意に立ち止まった。
ちょっと躊躇してから振り返り、「あのさぁ、」
と言った。
「何だよ。」
「榛名さん…って、今でも連絡あったりすんの?」
「は?…ねぇけど。つか、元希さんが何で俺に連絡すんだよ。」
元希さんはもうプロなんだし、そもそもシニア以降連絡取ったことなんてねぇし。
「元希さん…って呼ぶんだな。」
「ああ、中学ん時だからな。あの頃って名前で呼ぶ方が多かったな。」
「そうだよな、あの頃って確かに名前が多いよな。うん、そうだ。」
花井の表情がなんか冴えない。
さっきまで、あんなに楽しそうだったのに。
「それがどうかしたのか?」
花井がパッと笑顔になる。
明らかに作った笑顔。
「や、すまん。今の忘れてな。んじゃ、ちょっと待っててくれよ!」
クルリと背中を向けて花井は走りだした。


何だか訳分かんねぇ思いの俺を残して。




◇ 意外と鈍いといいw



2010.07.15


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