「 気付いて欲しい6 」
ほんの少し肌寒い、
だけどこの時期にしては暖かい、
そんな土曜の午後。
俺はグラウンドに来ていた。
自分の所属するチームのじゃない、花井いるの大学のチームのグラウンドだ。
花井に会いたいとは思うものの、やっぱり面と向かって会う勇気がなくて。
やっとの思いで、忘年会は行くし、避けてなんかねぇからって連絡だけはした。
いまいち信用していない感じの返事をする花井に、それ以上何も言えなかったけど。
こんな根性なかったか、俺は?
自問自答するも、会いたいという気持ちは日に日に膨らんでいた。
たまたま花井のいるチームが練習試合をするということを耳にした俺は、
遠くから見るだけでも…そんな思いでグラウンドに来ていた。
なるべく離れた場所に座り、試合を見守る。
花井はレギュラーではないので、ベンチにいるらしくまだ姿は見えない。
早く見たい。
でも、何だか怖い。
このまま帰ってしまおうか。
ぐるぐると考えてしまっていた。
それでもやっぱり帰ることも出来なくて、ぐずぐずとしているうちにその時はやってきた。
一点のビハインドで迎えた九回の裏。
ツーアウト、一、三塁。
コールされた花井の名前。
心臓がバクバクとした。
何でこっちがこんなに緊張すんだってくらい、手に汗を握っていた。
ゆっくりと、バッターボックスに向かう花井。
その後ろ姿を久し振りに見た。
もちろん、花井の姿自体見るのは久し振りなんだけど。
何だかすごく懐かしくて、きゅうっと胸が締め付けられた。
また少し身体デカくなったな。
素振りの音も、あの頃よりずっと力強い。
首も、肩も、腕も、背中も。
俺の知ってる花井とは違った。
こんなに変わってしまうほどに、俺は花井に会っていなかったんだ。
「つか、まだこだわってんのか(笑)」
帽子をかぶってはいるけど、坊主頭なのは分かる。
変わらないとこを見つけて、少し嬉しくなった。
バッターボックスに立った花井の表情は緊張そのもので。
ベンチからの声が聞こえているのだろうか。(聞こえてなさそうだ)
身体に力が入っているのがここから見てても分かる。
一球目はボール球に手を出してファール。
二球目は見送ってボールだったが、
三球目はまたファールになり、相手の有利なカウントで追い詰められてしまった。
冴えない顔色。
ガチガチの身体。
何やってんだ、アイツ。
相変わらずメンタル弱いっつうか、なんつうか。
ホントのお前はそんなんじゃねぇだろ。
俺はずっと見てきたぞ。
田島と競うお前を。
俺がずっと羨ましいと思っていた田島とのライバル関係を、お前は三年間あんなに頑張ったんじゃねぇか!
お前はそんなんじゃねぇだろ!
「花井!はーなーいっ!!」
気が付いたら、
グランドに一番近い所まで行って、フェンスに張り付くようにして叫んでいた。
振り向いた花井は、目を真ん丸にしてそれはそれは驚いた顔をしていて。
ベンチからも誰だ?と声が聞こえたけど、そんなこと気にはならなかった。
落ち着けよ、花井、大丈夫。
お前は出来るよ。
絶対打てるから。
「花井!サードランナー!!」
唖然としていた花井が、ハッと気が付いたような顔をした。
そして一つ深呼吸するとニッと笑って頷いた。
一度バッターボックスを外して素振りを二回して。
それからチラリとサードランナーを見た。
そこからの花井は俺の知ってる花井だった。
集中してる顔。
自信過剰なとこあるけど、お前にはそれくらいがちょうどいい。
元々選球眼のある選手なんだ。
落ち着きさえするば、きっちりと打つことの出来る、頼りになる五番バッターだったんだ。
花井のバットが捕えた球は、吸い込まれるようにライトスタンドへと飛び込んだ。
驚きと、嬉しさと。
弾けるような笑顔でダイヤモンドを回る花井。
ベンチも予想外のことに大騒ぎだ。
三塁を回ったところで花井は俺を見て、
「阿部ー!阿部ー!!」
と叫んだ。
恥ずかしいヤツ…でも、なんだか嬉しかった。
「阿部っ!帰るなよ、絶対だぞ!!」
練習試合だと言うのに優勝したかのような盛り上がりを見せ、
ホームで手荒い歓迎を受けてもみくちゃにされた花井は、
その手を振り切り俺の側にやって来てそう言った。
「分かったから、ほら、みんな待ってるぞ!」
絶対だからなー!と何度も振り返りながら皆の輪に戻って行った。
紅潮した花井の顔を見て、会いに来て良かったと思った。
トクトクと打つ胸の音が、花井への想いを再確認させてくれた。
もちろん在ってはならない想いなのは百も承知だけど、消しゴムで消すみたいに簡単にはいかねぇから…
だったら…
いい友人でいるしかない。
花井の親友でいるしかない。
それもまた辛いことだと言うのも分かってる。
それでも、傍にいたいと思う。
花井を裏切っているような罪悪感もあるけど、俺に向けられる笑顔を失いたくないんだ。
花井、それでもいいか?
そんな俺が、お前の傍にいてもいいか?
◇ 久しぶりに見た花井は、変わっていて、変わらなかった。それが嬉しい。
2010.06.15
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