「 気付いて欲しい5 」





大学が始まって、各々新しい生活がスタートして。
最初の頃は野球部の連中と携帯やらメールやらのやり取りが頻繁にあったが、
それも次第に回数を減らしていった。
俺自身、そういったコミュニケーションの取り方が苦手だったことと、
新しい生活に馴染み、皆の中で高校での生活は懐かしい記憶になりつつあるんだろうと思った。
それは極当たり前に、自然な変化だった。


そんな中、花井だけはマメに連絡をくれた。
俺の親友宣言がそんなに嬉しかったのか。
それとも、花井の秘密を知る人間だからか。
どっちにしても、連絡をくれる花井は相変わらず何かとぐるぐる悩んでいるようで。
野球、勉強、友人。
花井らしいんだが、そんなに悩むことでもねぇだろって話ばかりだった。
そんな話を聞いて、そうかと言うだけだが、いつもそれだけで吹っ切れたように
『何かスッキリした、サンキュー。』
と言う。
「なんもしてねぇよ。」
『んなことねぇって。』


でも、会うことはしなかった。
実際予定はなかなか合わなかったし、合っても何かしら理由をつけて会わなかった。
会いたくなかった。
いや、会いたかったんだ。
すごくすごく。
あの笑顔や、拗ねたような顔を思い出しただけで胸が高鳴り、痛んだ。
だから、会いたくなかったんだ。花井の顔を見たら、気持ちが止められなくなりそうで。
今のこの関係を壊してしまいそうで。
『そっかぁ、じゃあしょうがねぇよな。』
携帯の向こうから聞こえる花井のがっかりした声。
その声にいつも切なくなった。


結局、夏の大会の応援に一度も行かなかったし、新人戦にも行かなかった。
何かの集まりがあっても俺は行かなかった。
忘れようとしていたんだ。
花井への想いを。
いつかきっと、そんなこともあったなと思えるから。
自分で自分を笑い飛ばせる日が来るから。
たまに来る花井からの連絡も減ってきてる気がする。
もう少し、もう少しだから…。
この気持ちが消えるまで。


携帯が鳴る。
ディスプレイを見ると栄口だった。
おわ、久しぶりだなと思いながら携帯に出た。
「栄口か?久しぶりだな。」
『ホント、阿部全然顔出さないからさ。』
悪い悪い、そう言うと、都合あるなら仕方ないよ、と栄口が笑う。
『で、今回もパスなの?』
「あ〜っと…忘年会の話か?」
『そう。』
「そうだなぁ〜…」


今回は、東京で集まりがあることになっていた。
帰省の時期になる少し前に、たまには違うとこでって水谷が言い出したらしい。
ほとんどのメンバーが東京にいることが理由らしいが…
本当の理由は多分俺だ。
何だかんだ用事があるからと来ない俺が来やすいように。
でも、ごめん。
俺…行けないんだよ。
嘘をつく心苦しさも、携帯でほんの少しだけ抑えられた。
「そうだな、何とかする。」
『そっか、それ聞いて安心した。あ、そうそう。花井に連絡してあげてね。』
「花井に?」
名前だけで胸がうるさいくらい高鳴る。
『うん、花井気にしてたんだ、阿部いつも来ないからって。』
「そう…か。うん、分かった。」
今回もドタキャン予定の俺としては、栄口の心配りに申し訳なさで一杯になる。
『何かさ…また喧嘩でもしたの?』
「へ?しねぇよ。何で?」
『花井が言ってたんだよ。俺避けられてるかもって。』
栄口の言葉が、強く、深く、胸に突き刺さる。
え?
あれ?
俺、花井を避けてる?
「…避けてなんかねぇよ。花井考え過ぎだって。」
『うん、俺もそう思ったんだけど、花井随分悩んでたから。』
そんなつもりは…俺は花井との関係を壊したくなくて、ただそれだけで。
『だから、連絡してあげてよ。花井も安心するだろうし。』
「ああ、そうする。」
じゃあ、会えるの楽しみにしてるから、と栄口は携帯を切った。


しばらく茫然としていた。
俺はどうしたかった?
どうなりたかった?
花井との関係を壊したくなくて、自分の気持ちを知られたくなくて。
知られることで関係が壊れる。
だから自分の気持ちを必死で抑えていた。
会えば伝えたくなる。
好きと言う想いが溢れだしてしまう。


だから─────


花井、花井。
俺、どうしたらいいんだ?
お前が好きだよ。
もう半年以上会ってねぇのに、お前の顔、今だに鮮明に思い浮かべることが出来る。


ああ…
何だよ、全然好きって気持ち無くなってねぇじゃん。
俺まだこんなにも花井が好きだ。
むしろ気持ちがデカくなった気さえするよ。
会わなかったら、そのうち忘れるだろって思ってたのに。
一時の気の迷いだと思えるはずだったのに。


足元がぐらついて、どこまでも落ちて行くような、そんな感覚がした。
どうしたらいいのか分からない。
ただ─────
無性に花井に会いたいと思った。








◇ 分かっているけど、分からない。矛盾だらけの想いに戸惑うばかり。



2010.06.09


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