「 気付いて欲しい4 」
「せっかく誤解が解けたんだからさ、」
卒業式の次の日、花井からの携帯でそう言われた。
断るのも変な気がして、了解したけど今は後悔している。
「阿部はこの布団で寝てくれよな。」
「おお、悪いな。」
「なんか合宿みてーだな。」
「…二人だけだぞ。」
「うん。でもなんかワクワクしねぇ?」
「しねぇよ。」
阿部はドライだなぁと花井は笑った。
卒業して大学に行くために引っ越すまで少しあるからうちへ泊まりに来ねぇか?と誘われて。
一番の友人宣言までしてしまった俺としては断る理由がなかった。
おじさんもおばさんも熱烈大歓迎だったし(特におばさん)、
双子の妹も何やらテンション高く話し掛けてくれたし(花井はうるさいと怒ってたけど)。
でも正直、長い時間を花井と過ごすのはなんだかいたたまれなくて。
花井とは仲直りした。
した、けれど。
花井への想いを自覚した俺は、そう簡単に想いを封じ込めることが出来ないでいた。
元々そう器用じゃないことくらいは分かってるし、だからと言って誰かに相談出来るような話でもねぇし。
会わないのが一番だろって思う。
事は思い通りにいかねぇもんだけどな。
誘われれば断れない、嬉しいと思う自分がいる。
だけど、素直に出していい感情とも違うから。
嬉しそうにあれこれ話してくれる花井に、
ああだとか、ふぅんだとか、素っ気ない言葉しか出て来ねぇ。
ほらほら、花井の表情がなんかおかしくなってきた。
「阿部、何か変だぞ?」
「んなことねぇよ、普通だ。」
全然普通じゃねぇって、棒読みだよ。
「もしかして、迷惑だったか?」
悪そうな顔をして俺の顔を覗き込まれて、
心臓が有り得ねぇくらい跳ね上がった。
違う、違う!
普通に出来ないのは俺自身の都合だから!
「迷惑なら来ねぇよ。」
「…確かに。阿部が俺に気ぃ遣うなんて有り得ねぇ。」
何だよそれ、と睨むと腹を抱えて花井は爆笑した。
「笑うとこじゃねぇだろっ!」
グーで花井の頭をコツンとした。
「それ、」
「は?」
「癖?こないだもしたよな。」
「そう…だっけ?」
「そうだよ。」
嬉しそうに自分の頭を擦る。
「何だろ、何か嬉しいな、こういうのって。」
無防備に笑う花井に胸がきゅうっと締め付けられた。
花井は俺が好きなんだろう。
俺とは違う意味で。
花井にとっての俺は『親友』なのだろう。
お互いがお互いに、自分は特別なのだと思うと嬉しいものだ。
だけど俺の想いは…花井とは違うもので。
それは花井を裏切ってる気がしてならなかった。
「なあ、マジでどうかしたのか?変だぞ阿部。」
「え?あー…ええっと…」
まさか本当のことなんて言えねぇから、ちょっと気になってた話題を出してみる。
「こないだ三橋のこと言ってたじゃねぇか。俺の一番の友人とかって。」
「ああ、話したな。」
「俺もさ、花井にとっての一番の友人って田島なのかなって思ってた。」
そうだよ、花井と言えば田島なんだよな。
あの2人には切っても切れないものを感じいたから。
「田島?」
花井の眉間に皺が寄る。
意外な表情に俺が戸惑う。
「田島は…あいつは…友達にはなれねぇ。」
「え?なんで?」
「…野球やってる限り、無理。」
「花井…」
花井は笑った。
無理してるのが分かった。
「田島はスゲーよな。あいつと競うんだって決めて三年間頑張って来たけど、全然届かねぇし。」
大きな溜め息をする。
「そんで、プロだもんな、田島は。」
「ああ、すげぇな…」
花井が田島にライバル心を持っているのは皆が知っていた。
だからこそ、西浦は強くなったんだとも思う。
ただ、花井はキャプテンと言う肩書きが感情をむき出しにして田島を追う事の邪魔をしてたんじゃないかって、どこかで感じてはいた。
「俺が野球辞めてたら素直に喜べんだろうけどな。」
花井はもう、笑ってなかった。
届かなかった四番。
花井は大学で、田島はプロで。
違う道へと進む。
もう、同じチームで競うことはないかもしれない。
もしかしたら大卒でプロなんてこともない訳じゃないが、ある可能性は低いことも花井は分かっているように見えた。
それは花井にとって、圧倒的な力の差を感じずにはいかないことで。
でも、でもな、花井…
「お前は…すげぇよ。」
「は?」
「逃げなかったじゃねぇか、田島から。」
目を真ん丸にして花井は俺を見た。
「あ…いや、まあ…な。」
「田島はすげぇよ、確かにな。でもその田島がライバルって認めてたの、お前だけじゃん。」
見る見るうちに頭まで赤くなって焦りだす花井は、見ていて可愛らしかった。
ガタイもデカくて、野球やらせりゃ打力守備力もかなりのもんで。
その花井がちょっと褒めただけで真っ赤になって照れてる。
おかしくなって笑うと、笑うなよなぁ!と花井は布団を頭までかぶった。
それでも笑う俺が気に入らないらしくて、しばらくはぶつぶつと何やら言っていた。
いやいや、いいもん見たよと俺が言うと、花井は布団から目だけ出して言った。
「ありがとな。なんか…ちょっと救われた俺。」
やっぱりあれだな、阿部は俺をよく分かってんな〜と嬉しそうに言う。
見えてる目が照れくさそうに笑ってた。
何だろ、これ。
嬉しいけど、切ない。
少女漫画じゃねぇけど、キュンとするってこういうことなのか。
俺は花井をそんな風に見たくはないのに。
親友という絆があればいいのに。
花井は布団から顔を出して、あれこれ嬉しそうに話してたけど、
次第にボソボソ声になり、スースーという寝息に変わった。
「花井?寝たのか?」
問い掛けにも答えない。
規則的に動く肩が眠っていると教えてくれた。
そっと布団から身体を起こし、花井の寝顔を覗き込む。
こうして、傍に居られるだけで充分なんじゃないかとも思う。
あのまま喧嘩別れのような形にしておいたらこうはいかなかった。
だけど、花井の信頼と違う想いが俺の中にはある。
本当は仲直りしない方が良かったんじゃないか?
そうとまで思った。
そんなコト、出来っこないくせに。
やっぱり花井が好きだから。
「花井…ごめんな。」
俺は眠る花井の頬に、そっと口付けた。
◇ 忘れたいけど出来ないから。ずっと心の奥底に。
2010.05.15
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