「 気付いて欲しい3 」
花井のいるクラスを覗いてみると、自分の席に座っている花井を見つけた。
…頭を抱えて、机にうずくまるようにして。
何を言う?
こんな花井に。
何を言えばアイツをいつもの花井にしてやれる?
そんなのは簡単だ。
『悪かった、ふざけ過ぎた。』
俺と花井しか知らないこと。
2人で忘れちまえば、無かったことに出来るんだ。
そしたら俺達は、友人のままでいられるんだから。
俺にとっては辛い決断だが、花井がそれで笑顔を取り戻せるなら。
俺に笑顔を向けてくれるなら。
この想いは閉じ込めてしまおう。
いつか消えてなくなるまで。
「…花井。」
ガバッと起き上がり、驚きと動揺を隠し切れない表情。
「…んな顔すんな。別に食らい付いたりしねぇよ。」
「……」
花井は何も言わない。
すぐに顔を伏せて、俺を見ようともしない。
「…あのさ、昨日のことなんだけど。」
花井はやっぱり俺を見ないけど、机の上で握り締められた手に力が入ったのが分かった。
大きく、深呼吸する。
「悪かったよ。ちょっと過ぎる悪戯だった。」
「…悪戯?」
ぴくり、と動いてからゆっくりと花井は顔を上げた。
ほんの少しだけ、頬が赤い花井に何だか胸がズキンとした。
(俺、お前が好きだ)
言えたらどんなにいいだろう。
言えねぇから、こんなに胸が痛いんだろうけど。
「ああ。」
「何で…んなこと…」
俺は、なるべくいつもの俺らしく、面倒くさそうに答えた。
「お前が…花井がさ、俺は花井に興味ねぇとか言うから。」
「は?だって、そうだろ?」
「だからっ!んなことねぇっつってんだろ?」
だってそうとしか見えねぇし、と花井は拗ねるような顔をした。
「俺は…花井のこと、親友とかは言わなくても一番位のダチだと思ってたから。」
「阿部…」
「俺のこと、一番分かってんのって、花井なんだよ。俺は少なくともそう思ってんの。」
さっきまで、何だか居たたまれない表情だったのに、少しだけ視線がしっかりとしてきた。
そうだよ、花井。
あれは『過ぎた悪戯』なんだから。
「なんか頭に来ちまったんだよ。」
「…悪戯。」
「そう、悪かったよ。だから忘れてくれ。」
ようやく花井が笑った。
安堵、だろうか。
ホッとしたんだろうな。
「お前な〜、だからってあれはないだろっ」
「いいじゃん、減るもんじゃなし。」
わざとニヤニヤ笑って見せた。
変な想いとか、そんなんはねえって思わせたくて。
「…初めてだったのに…」
「げ?!マジで?!花井彼女いただろ?!」
「とっくに別れたよ。野球やってねぇと普通だとか言われた。」
ヒデェよなぁ、うんヒデェな、二人で笑い合う。
お前に言われたくねぇと花井は大きく伸びをした。
いつもの花井。
悪かったな、悩ませて。
俺、ちゃんと忘れるから。
「俺も、悪かったよ。」
「は?」
「いや…俺のこと、そんな風に思ってたの知らなくて…」
つか分かりづれぇって阿部は、と花井は笑う。
俺も笑った。
栄口んとこに行かねぇとな。
心配かけたし。
俺の中には切なさと寂しさと、仲直り出来た嬉しさと。
何か訳分かんねぇ感じがぐるぐるしていて。
でも、あの熱は収まりつつあった。
大丈夫。
俺はきっと大丈夫。
「だけど、意外だったな。」
「へ?何がだよ。」
「阿部の一番の友人って、三橋か栄口かって思ってたから。」
「三橋?!」
確かにアイツには手を焼かされた分、思い入れも強ぇし、色んな意味で世話になったとは思うし。
「だってよ、阿部って三橋ばっかだったろ?」
ああ。
そうか、花井はそれで俺は花井に興味ないと思ってたのか。
俺の三橋に対する思いは…ある種の『尊敬』。
努力を惜しまない姿勢。
その努力は当たり前で、自分はダメピーなのだからと自分を必要以上に過小評価していた。
何とかしてやりたい。
あんなに頑張ってる三橋を何とかしてやれるのは自分でありたい。
投手に信頼される捕手になりたい。
心底捕手というポジションに惚れ込んだのも西浦に来てから。
三橋に出会ってから。
元希さんとはあんな関係を築きたかったんだなと思う。
そう思えるようになったのも、三橋のおかげなんだろう。
でも、花井にそんな風に言われるとチクチクと胸が痛んだ。
「三橋、俺をすげぇヤツ扱いしてたじゃねぇか。」
「ん?実際すげぇんじゃね?」
茶化すなよ、と笑う。
「なんか、気持ち良かったな。シニアでやってた時はそんな風に感じたことなかったし。」
花井が黙って俺を見ている。
真剣に、真っ直ぐに。
花井は俺が野球の話をする時、いつもそんな感じで俺を見ていた。
俺がそうされることを好んでいることを知っているから。
ホントにお前は俺をよく知ってるなと思う。
だから、だから。
お前には知ってて欲しい。
俺の三橋に対する『本音』。
「三橋を利用してた、正直。」
「利用って…」
花井の顔が青くなる。
んな顔すんなよ、ちゃんと聞けと花井の坊主頭をグーでコツンとする。
「なんつうかな、今だから分かるんだけど俺が野球出来ればいいと思ってたんだと思う。俺のやりたい野球をな。」
三橋がどうってより、俺がどうか、だったんだ。
俺は三橋の可能性を信じる振りして、その可能性を潰すとこだったんだ。
「嫌なヤツだよ、俺は。」
「違うっ!」
語気の強い言葉に次の言葉が出て来なかった。
呆然と花井の顔を見ていたら、花井は何だか怒ったような顔で言った。
「阿部が居なかったら三橋も、俺達も、野球ちゃんとしてなかったよ。」
そして、花井らしい穏やかな笑み。
「オレらは阿部に感謝してんだよ。お前が三橋を見出だしてくれたから…あんな濃い時間過ごせたんだ。」
俺なんか辞めようとしてたんだからな、とバツが悪そうな笑顔に変わる。
くるくる変わる花井の表情。
思いがけない言葉。
「…くっ…」
「阿部?」
顔を覗き込まれて思わず背ける。
鼻の奥がツンとして涙腺がヤバい。
「…阿部、意外と可愛いとこあんな。」
「…なっ…馬鹿言ってんじゃねぇよ…」
「いやいや、可愛い可愛い。」
「野郎捕まえて可愛い言うな。」
楽しげな花井は、俺としたキスのことなんか忘れたようで。
良いんだこれで、頭では思う。
(馬鹿、花井…)
熱が、
俺の中で再び溢れそうになっていた。