「 気付いて欲しい2 」
もの凄い後悔。
何してんだ、俺。
花井の顔なんか見れる訳がない。
自己嫌悪の塊。
俺はこんな人間だったか。
それでも。
触れた唇に指をやる。
勢いに任せた、キスなんて呼べない代物だったと思う。
でも、それでも。
俺にとっては………。
最初の頃、そうだな、花井がキャプテンに決まって、俺と栄口を副キャプテンにってなった頃。
面倒見良くて、実にいい兄ちゃん的な存在だと思った。
分かりやすい性格で(分かりやす過ぎるのも難だったけど)、
人が良くて、でも野心だけはちゃんとブレずに持っていた。
花井にとって田島ほど、その才能に嫉妬して、そして胸を焦がすほど憧れる存在はないだろう。
いつも花井が田島を見る瞳は強く、情熱的だった。
『負けねぇ』
その視線はそう言っていた。
そんな花井の視線を独占する田島に、いつしか嫉妬している自分がいた。
俺はあんな熱い視線で花井に見られたことはない。
同じクラスで、キャプテンと副キャプテンで。
三橋とのコミュニケーションに悩む俺を気遣う花井。
いつだって一番に俺の考えを理解してくれた。
怪我をした時も、チームの様子を逐一知らせてくれた。
頼みもしないのに。
『早く帰って来い、ちゃんと治してな。』
そう言われてる気がした。
いつもいつも、優しい瞳。
花井。
お前どんだけ俺を支えてきてくれたんだよ。
俺はいつから花井の特別になりたいと思うようになったんだ。
気付いてなかった訳じゃない。
いいチームメイトと思っていた。
いい友人と思っていた。
だけど胸の奥でチリチリとしたものを感じていたのも事実で。
それを敢えて無視して来た。
花井との間に線を引くことで、自分の中の折り合いを付けていた。
『俺のことなんか、興味ねぇんだと思ってたから。』
それがどうだ。
花井の一言で、チリチリとした部分は熱を持ち、膨れ上がり、俺を無視して暴走した。
後悔している。
でも、熱は収まらない。
相変わらず俺の中で走り続ける。
「あ、阿部ー!」
「おーなんだ、水谷。」
卒業前の3年は自由登校になるから生徒も疎らだ。
来てるのはよっぽど暇な連中。
即ち、俺達(他にすることを知らない奴ら)だ。
水谷なんかは野球以外に楽しめることがありそうなもんだか、こうして毎日来てるところを見るとそうでもないのか。
「昨日どしたの?みんな待ってたのに。」
謝恩会の打ち合わせ、すっぽかしたんだった、あんなことあったから。
「あーワリィ…。ちょっと気分悪くてな。」
えー?と驚いた表情。
俺が気分悪くちゃイケネェのかよ、と水谷を睨むと違う違う、と首を振った。
「花井もそうだったから。」
「花井が?」
水谷に言うには、
俺を探しに行って見つからなかったと帰っては来たが顔色が悪く、ずっと口元を押さえていたと。
栄口が、いいから帰りなよと言うまでいたらしい。
花井は真面目だからさーいっつも無理すんだよねぇと水谷は笑った。
だな、と俺も笑ったが、きっと目は笑ってなかっただろう。
今目の前にいるのが栄口じゃなくて良かった。
あいつは絶対に気が付くから。
「帰るまでに栄口んとこ行ってね。大体のとこまで決めたから見といてよ。」
「おーすまんな。」
お大事にね〜と廊下の先に待たせていたクラスメイトらしきヤツのとこまで走って行った。
水谷は誰とでも仲良くなるな。
俺にはちょっと考えらんないけど。
花井のヤツ、
俺は見つからなかったことにしたんだな。
んなに気分悪くなるほどのことだったか…いや当然だがな。
俺と花井の感じ方の落差に胸が痛くなる。
当たり前なのに、熱さがまた膨れ上がる。
熱が上昇して止まらない。
俺は…どうしたいんだ、どうしたらいいんだ。
帰ろう。
ここには、学校には、居たくない。
花井を想う材料が揃い過ぎてる。
想い出が詰まり過ぎてる。
もうすぐ卒業なんだ。
そしたら…会わなくなる。
そしたら…きっと忘れちまうよ、お前のことなんか。
半ば無理矢理自分を納得させて、俺は栄口のところに向かった。
ホント、アイツには苦労かけるよな、最後の最後まで。
栄口のクラスの前まで来て、名前を呼ぼうとした瞬間、身体が硬直した。
今、栄口の前に立っているのは見間違いようのない見慣れた長身。
引き返そうとしたが、それより早く栄口が俺に気が付いた。
「阿部、丁度良かった。」
栄口は笑顔だが、花井はこちらを見なかった。
じゃあ俺はオッケーだから、そう言うと、俺を一度も見ることなく俺とは逆方向へ歩いて行った。
ああ、馬鹿。
お前の気持ちも分かるけど、残された俺はどうすんだ。
栄口の目がめちゃくちゃ怖いんですけど。
「で、」
「は?」
「は?じゃないよ、なに怒らすようなことしたの?」
「…してねぇよ。」
栄口に言えるようなことしてねぇ。
「そんな訳ないだろ。花井、あれはかなりだよ?」
「あー…っぽいな。」
もー阿部は大体ねぇ…栄口の小言を聞きつつ、俺は自分がどうしたいか考えていた。
全く俺を見なかった。
考えていたよりずっとショックで、傷付いていた。
そんなことを言う資格は俺にはないんだろうが。
そもそも、俺達野球部の面々は仲が良くて、卒業してからも頻繁に会うであろうことは薄々感じていた。
俺と花井が今の状態では、そんなみんなの関係とも水を差しかねない。
何より、俺が耐えられない。
聞いてんの?!と言う栄口に聞いてるよと答えて、
「ちゃんと謝りに行くから。」
「ほら、やっぱり心当たりがあるんだろ?」
しまった、と思いつつ苦笑いする。
「言いたくないみたいだから聞かないけど、ちゃんと謝んないと後悔するからね。」
「おー。」
謝恩会の話をして、栄口にすまんなと言う。
「ホントに、ちゃんと謝るんだよ!」
「わーってるって。」
もう一度、すまなかったと詫びて栄口と別れた。
いつも栄口には心配ばかりかけてんな。
あいつホントに俺らのおかんだ(笑)
いや、本当に感謝してもしきれねぇ。
ひとり、笑いを噛み殺しながら廊下を歩く。
向かう先は、
花井のいるクラスだ。