「 気付いて欲しい11 」
二次会も大いに盛り上がり(俺と花井は微妙だったが)、次回も全員でやろうと水谷と田島が宣言して忘年会は解散した。
花井は一言も言わずに目で俺を促すと、長いストライドでズンズンと歩く。
(ちっくしょ、走んねぇと追い付けねぇ!)
「おい、花井待てって!」
ようやく横に並んで声を掛ける。
花井はチラリと俺を見て、歩くスピードを緩めた。
「何のつもりだよ?」
「…お前んちで話す。」
コートのポケットに手を突っ込んだまま、俺の顔も見ずに花井はそう言った。
俺んち…。
嫌だと思った。
玄関先での花井の表情を、俺は忘れることなんて出来ない。
自分ちであんな思いをするのはもう勘弁して欲しい。
「ここで聞くって。うち行くまでもねぇだろ?」
「いいから、お前んち行こう。」
「散らかってるし。」
「構わねぇよ。」
「…喰うもんとか、何もねぇし。」
「いらねぇよ。」
「だからっ!気が付けよ、嫌なんだよ!」
急に足を止めて、花井はやっと俺の顔を見た。
その目は、憤りと、切なさと。
下唇を軽く噛んで、明らかにイライラしている表情。
すぐに俺から目を反らしてジッと考えるような格好をする。
「…栄口なら…」
「はぁ?栄口がなんだよ。」
それに対する回答はなく、花井は俺の手を掴むとまた無言で歩き始めた。
「花井っ…」
グイグイと引っ張る手が、有無を言わせない雰囲気をかもしだしていて。
そしてその手が、ものすごく冷たくて。
俺は黙って歩くことしか出来なかった。
「…無理矢理来て、ごめん。」
うちに来るとそう花井は言った。
「だけど…外で話せねぇから。」
まあ、花井の言い分も分かる。
栄口の言ってた俺には俺の、花井には花井の、ってことなんだろう。
「いいよ、別に。」
そう言うと、ちょっとだけホッとした顔をした。
「話せよ。言いたいこと、あんだろ?」
覚悟は出来てる、色々と。
もう二度と会えなくなったとしても、それはそれで仕方がない。
かなり迷った顔をしてから花井は口を開いた。
「…話したのか?」
「は?何が?」
「…さ、栄口に。」
「栄口?」
何のことだと思ったが、すぐに気が付いた。
「話してねぇよ。話せるかよ。」
「じゃあなんであんなに…」
言い掛けてハッとした表情になる。
首をフルフルと振って、口の中で違う違うと繰り返し言う。
「そうじゃなくて、話したいこと…」
「うん。」
まだ迷ってる、そんな感じだった。
何を言おうとしてんだ、花井は。
「頭に来たんだ。」
花井の口からようやく出た言葉。
「阿部にも……俺にも。」
「…なんでお前にまで。」
だって…と何か不服そうに口を尖らす。
「全然気が付かなかった。」
「そりゃそうだろ。普通じゃねぇもんな。」
「そんな言い方すんなよ。」
意外な返答に目を丸くする。そんな俺を見て、花井も苦笑する。
「そりゃ…びっくりはしたし、あんな事しか言えなかったけど。」
言いながら、帽子を脱いで床に座った。
ちょっと躊躇したが、少し離れた位置に俺も座った。
「阿部には…ずっと悩んでただろうに、なんで黙ってたんだって頭に来た。」
「言えねぇよ、んなこと。」
「まあ、そうだろうけど。」
あっさり言われると、少し胸が痛む。
あり得ないと分かってはいるけど、俺自身が否定されたような気分になるから。
「俺な、あの時そんなんある訳ねぇってあんな風に言っちまったんだけど、」
思い出すように天井に目を向けて話続ける。
「時間が経てば経つほど、あんなことしか言えなかった自分に頭来てさ。」
「何でだよ。あの反応は普通だろ?」
そうかもしんねぇけど…と花井は頭を掻いた。
それからしばらく、花井は黙ったままだった。
何を言いたいのかよく分からねぇ。
言うのを迷っているのか、どう言ったらいいのか分からないのか。
とにかくはっきりしない花井はいつもの通りだけど、俺はすぐにイライラしてきた。
俺のせいで悩んでるのはよく分かっている。
だからこそ、そんなことで悩ませたくないから。
「花井。」
「え?あ…なに?」
「なに?は俺のセリフ。なんか言いたかったんだろ?」
「ああ…うん。」
まだ迷ってる顔。
全く。
こいつのこういうとこ、長所で短所だよなぁ。
まあ…嫌いじゃねぇけど。
むしろ、好きなんだし。
「俺がどう思うとか、気にすんな。言いたいこと、言えよ。」
「阿部…」
眉毛がハの字になって、なんとも情けない顔をする花井。
「んな顔すんなよ。それじゃまるで俺がお前責めてるみたいじゃねぇか。」
立場が逆だっつの。
責められるべきは、俺なのに。
俺がちゃんと否定すれば、お前がこんなに悩むことなんてなかったんだ。
でも出来なかった。
ずっと…隠しとくはずだったんだ。
きっとそのうち忘れちまうって。
そうずっと思ってたのに…
否定出来なかったのは、想いが膨らみ過ぎたせいか。
俺やっぱり花井が好きだ。
今こうして、花井との時間…最後かもしれない時間を過ごしていても思う。
なんで、なんて俺が知りたい。
「阿部…あんな、俺…」
花井がようやく口を開く。
「今日お前に会ったら、普通にするつもりだったんだ。」
花井は、俯いたままだ。
「でも…出来なかった。何話したらいいのか全然分かんなかった。」
頭を抱えるようにする花井を見れば、それが不本意であったことは容易に想像出来た。
花井、俺それだけで十分嬉しいよ…。
「なんか…色々考え過ぎって分かってんだけど…そしたら栄口が…」
「栄口?」
そう言えば、さっきからやたらと栄口の名前が出て来てるような。
「俺全然話せねぇのに、栄口ずっと阿部にくっついてて…あんな顔見合わせて笑ったりさ。」
また、不服そうに口をとがらす。
「阿部だって、栄口といる時はなんか楽しそうで。俺のこと好きって、嘘だったのかよとかさ。」
「…はぁ?!」
ざっけんなっ!人がどれほど悩んでると思ってンだ、このハゲ!!
もう少しでそう叫びそうになった時、
「そんな自分にすげぇムカついた。」
と花井が言った。
「あん時のお前の顔、思い出したらすげぇムカついたんだ。本気だって、分かってんのに俺何やってんだって。」
「花井…」
なんだかもう、何て言ったらいいのか。
俺のことで悩ませたくないのに、俺のことで悩んでくれてるのがヤバいくらい嬉しい。
俺は花井を直視することが出来なくなって、花井から視線を反らして俯いた。
しばらく二人とも黙っていたけれど、
「…だから…」
と花井の声が、やけに近くで聞こえた。
顔を上げると、少し離れた位置に座っていた花井が目の前にいた。
飛び上がる心臓を押さえて、それでも真剣な目付きの花井から目を反らせなくて。
「栄口みたいに、阿部に触れたら、なんか色々もっと分かんのかなって思って…」
「は?」
「栄口みたいに…こうやって…」
花井は俺の肩に手を触れた。
俺は花井が何をしようとしてるのか全然分からなくて茫然としていた。
ただ、花井が言っているのは栄口が俺の背中をポンポンとした、あれのことを指しているんだなとは漠然と感じていた。
(ずっと…見てたんだな…)
花井の手が、肩から首へ…そして頬に触れた。
もう俺の心臓は、俺のじゃないみたいに感じる。
冷たい指先が、俺の頬でジッと何かを考えるように動かなくて。
花井の瞳は俺から離れない。
俺も、その花井の瞳を、見つめ返すことしか出来なかった。
◇ 少しずつ、少しずつ。この段階でまだ気持ちが分かってない阿部はやっぱ鈍い。
2010.09.12
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