「 気付いて欲しい12 」
どれくらいそうしていただろう。
頬に触れた花井の指がぴくりと動いて、ゆっくりと離れた。
そして花井の目は、切なげに細められた。
「俺…自分の気持ちがよく分かんねぇし、なんか怖ぇよ。」
「……怖ぇ?」
花井がうん、と頷く。
「今俺が思ってることって…正しいのか?それを行動に移して問題ねぇのか?」
俺から離した手をギュッと握り締めて、絞りだすような声を出す花井。
「阿部は怖くねぇの?俺を…男を好きだってこと…」
花井が今思っていること。
もしかしてと思ったが、そんな訳ねぇと、もたげた考えを払拭する。
顔を伏せて少し考えてから、花井の質問に答えた。
「そりゃ怖ぇよ。バレたらヤバいとか何で花井なんだよって何回も思った。出来ることならそんな風に思う前に戻りたいってな。」
「…やっぱ、そうだよ…な。」
花井が溜め息をつく。
「でもな、」
言わない方が良いかもしれないとも思った。
言うことで、また花井を悩ませる。
でも、今までの想いをちゃんと、全部伝えたい。
「色々悩んだけど、好きになったこと後悔なんてしてねぇし、忘れたいとか消したいとか思ってねぇよ。」
花井の目が、大きく見開かれて、その瞳が揺れる。
あの日から。
花井にキスをしたあの日から。
俺はずっとどうしたいんだって思ってた。
花井に近付き、離れて。
忘れたいって思ったり、そんなん無理って思ったり。
でも俺やっと分かった、気付いたんだ。
花井に知ってて欲しかったんだ。
花井のことが好きだって。
例え、自分自身も辛い思いをするとしても。
ちゃんと伝えなきゃ本気は伝わらない。
花井に気付いて欲しいなんて、そんなんじゃダメなんだ。
自分で言わなきゃダメなんだ。
「俺、花井が好きだよ。」
「阿部…」
花井の目は、切なく細められたままだったけど、柔らかく笑ってるように見えた。
ためらいがちに俺に向かって手が伸びて、また頬に触れた。
細くて長い指が、優しく頬を撫でる。
カァっと自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
そんな俺を見て、花井が微笑む。
「なんか、どうしよ。俺すげぇ嬉しいんだけど。」
「…へ?」
「阿部が俺好きだって…ちゃんと言ってくれたのが嬉しい。」
それから、と言って、今度は両手で俺の頬を包む。
バクバク鳴る心臓が痛いくらいで、でもどうしようもなくて。
「こんな可愛い阿部が見られるなんてな。」
「かっ…可愛いって……」
「可愛いよ。真っ赤になってる。」
額にこつんと額をくっつけられて、花井のグレーの瞳が俺の瞳を捕える。
なんだか気恥ずかしいのに、目を反らせない。
「は…ない…。」
「俺が…今思ってること、行動に移したら…」
「え?」
「阿部はどんな顔すんだろうな。」
フッと微笑むと、花井は俺にキスをした。
ホントにホントに、触れるだけのキス。
それだけなのに、唇から電気が流れて身体中が痺れるような感覚に陥った。
頭ン中真っ白で、どんな顔していいのか分かんねぇ。
心臓は、相変わらずうるさくて痛い。
目の前の花井は、耳まで真っ赤で、でも優しく微笑んだままで。
ああ俺、どうしようどうしよう。
ホントになんも考えらんねぇ。
あの時、俺からしたキスとは全く違う、甘くて痺れるような…そんな感じ。
「阿部……」
花井はそれ以上何も言わず、もう一度キスをした。
何度か触れるキスをして、
それから俺をギュッと抱き締めた。
「俺…気が付かなくてごめん。ずっと阿部一人で悩ませてごめん。」
大きく息を吸って、吐いて。
「俺も、好きだ。阿部が好きだ。」
ずっと、ずっと。
自分の想いは否定されるべきだと思っていた。
こんなのはあったらいけないと。
でも、消せなくてなくならなくて。
花井が好きって、止まらなくて。
花井に受け入れてもらえなくても、俺はこの想いをずっと抱えて行くんだって…。
「マ、ジ…で?」
「うん。俺、阿部が好き。隆也が好き。」
「だって…お前、そんなつもりねぇって…。」
抱き締める腕を緩めて、俺の顔を覗き込む。
「あん時はそうだった。つか、自分の気持ちに気が付いてなかった。傷付けたよな……ホントごめん。」
情報処理能力を遥かに超える出来事に、俺の頭は全然ついて行けない。
ただ分かってるのは、目の前にいる花井が、すごく嬉しそうにクスクス笑っていることだけ。
そして、俺の心の中に今まで感じたことのない暖かさが溢れていた。
ギュッとされたまま、離れられない自分。
良かったのかこれで、と自問自答する。
先の見えないトンネルを二人で歩き始めたようなものだ。
花井を巻き込んだのは、俺だ。
やっぱり、間違ってんじゃねぇか、俺達。
「でも…後悔しねぇか?だって俺ら男同士で…」
「うん、分かってる。だから悩んでたんだし。」
「気持ちだってすぐ変わっちまうかもしんねぇんだぞ?」
ジッと花井は俺をみつめた。
んーと言ってから、ニッコリ笑った。
「後悔、してねぇよ、俺は。」
「は?」
「気持ちはな、相手が誰でも変わることはあんだよ。」
「花井…。」
「俺、阿部がいいんだよ。阿部が全部、欲しい。」
額に優しく口付けて、花井は微笑む。
「これからも、よろしくな、隆也。」
「あ…う、うん。よろしく、梓。」
花井の顔が赤くなる。
「やっぱ梓は微妙だぁ〜!」
顔を見合せ、吹き出した。
不思議だ。
あんなに悩んでたはずなのに、今はなんとかなりそうな気さえする。
ああ、花井。
お前好きになって良かった。
俺、すげぇ好きだ。
花井が好きだ。
「俺さ…」
「うん。」
「結構面倒くせぇ性格だぞ?」
「…知ってる。」
「嫉妬深いし。」
「ふうん…そうなんだ?」
「そうなんだって…相手が栄口でも、なんだぞ?」
「は?なんでだよ。」
ぐぅぅ、と変な声を出す花井。
そう言えばやたら栄口って…
「阿部って、変なとこ鈍いよな。」
「はぁ?何だよそれ。」
花井は顔を反らして大きく息を吐いた。
「俺、なんか苦労しそうだなぁ。」
「だから何でだよ。分かんねぇって。」
呆れたような表情の花井に俺は首をかしげて見つめ返す。
花井の頬がほんのり赤くなって、ごほんと咳払いをする。
それから、まあいいけどと不服そうに口を尖らす。
よくねぇって思うけど、拗ねてる花井を可愛いなと思うのは惚れたなんとかってやつか。
◇ ◇ ◇ ◇
二人を心配した栄口に誘われて久し振りに開催した首脳会議。
その場であっさり俺達の事がバレるのは、年が明けてすぐの出来事。
さすがは栄口。
侮れない。
「「何でわかんだよ?!」」
「俺を誰だと思ってんのさ(笑)」
◇ やっとお互いに歩み寄れました。これで完結です。長々と書いちゃってすいません。でもって、最強はやはり栄口w
2010.10.31
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