『 待っててくれ 』



桜が咲くこの時季になると、俺は船を降りてある街に暫く滞在する。
とてもとても美しくて、儚くて、
だけど力強くて生命力を感じる緑色の桜、御衣黄を見るために。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「なあなあ、ゾロの住んでたとこには桜が咲くのか?」
チョッパーが仲間になってすぐの頃、皆にそんなことを聞いて回っていた。
ゾロの住んでたシモツキ村にはたくさんの桜の木があって、名所だったとその時ゾロは答えていた。
見たい見たいと目をキラキラに輝かせてチョッパーがゾロに飛び付いていたのを覚えている。


そう言えば、とその時ゾロが言ったのが緑色の桜、御衣黄のことだった。
「ほんのり緑色の桜があるんだ。」
「緑?!」
「ゾロみてー!」
「ゾロが桜?似合わないわね(笑)」
みんなであーだのこーだの言うのを、うっせぇとか笑いながら言っていた。
いつか、シモツキ村へも行こうな!とゾロに言うと、そうだなと懐かしそうな顔をしていた。


それから何年も何年も経ち、俺は海賊王、ゾロは世界一の大剣豪と呼ばれるようになった。
俺達は、仲間達の故郷や縁のある場所を航海して巡った。
イーストブルーが春になるのに合わせてシモツキ村も訪れた。


言葉が出なかった。
本当に凄いと思った。
辺り一面桜の花だらけで綺麗とかそんな言葉じゃ全然足りない感じで。
「すげぇな!ゾロすげぇな!」
「……ああ、すげぇな。」
ゾロは目を細めて桜を見上げていた。
よく似合っている、と思った。
ゾロと桜はよく似合う。


ゾロは昔世話になったという爺さんとずっと何やら話してて、シモツキ村にいる間、俺はほとんどゾロと話さずにいた。
そして、明日出港すると言うその日。
ゾロはあの緑色の桜の下に俺を呼び出した。


「俺は船を降りる。」
思いもよらない言葉。
しばらくは言葉が全く出なくて、ただ立ち尽くしていた。
「……俺はここに残る。」
「何言ってんだよ、ゾロ。」
声が震えてるのが分かる。
怖い?
怒り?
そのどちらでもなくて、どちらでもある気がした。
「……本気だ。」
そんなん、声を聞けば分かる。
それにゾロはその手の冗談なんか言わない。
「理由を言えよ。」
「……」


ゾロは桜を見上げた。
体の前で腕を組むいつもの格好のまま動かない。
何を考えてる?
ゾロの思いが分からないなんて、今までなかったのに。


初めて出会った時から不思議と戦い方が合うと思っていた。
俺を理解し、精神的な支えだった。
俺が曲がりそうな時に正すのもゾロだった。
ずっと、ゾロと一緒で離れる日なんてないと信じて疑わなかった。


「何てことはねぇ。もういいだろと思うからだ。」
「もういい?」
「ああ。剣士として、やれることはやった。お前の夢も叶った。」
ふと、ゾロが刀を持っていないことに気付く。
あんなに大事にしてた刀……
どうして?
「いい加減、ゆっくりしてぇかなぁって思ってな。」
恩師であるあの爺さんとこの道場で剣術を教えたいと話すゾロ。
ずっと、桜を見たまま。
嫌だ、絶対に嫌だ。
でもどうしてだろう、全然声が出ない。
なあ、ゾロ。
俺を見ろよ。
俺を見て話してくれよ。
そんな話、信じらんねぇよ!!


「ゾロ!」
不意に声がして振り向くと、そこにはチョッパーがいた。
何かを訴えるような目でゾロを見ていた。
いや、睨んでるって言った方が近い。
「このまま船を降りるのか、ゾロ。ホントのこと言わずに!」
「チョッパー、余計なこと言うな。これは俺とルフィの話だ。」
何だ、何なんだこれは。
ゾロに、何かが起きている?
「ルフィ、よく聞いてくれ。」
「チョッパー、いいから言うな。」
「……チョッパー、話せ。」
ゾロは大きく溜め息をついて、それから目を伏せた。


「ゾロは……ゾロは元々短命の種族なんだ。」
「……た、んめい?」
「うん、短い命。長くは生きられない種族。」
チョッパーは、分かるまでの流れ、分かってからの治療内容、今後について、俺にも分かるように話してくれた。


数ヶ月前から体力が極端に落ちたと感じ、ゾロはチョッパーに話していたらしい。
色々検査してもこれといって悪いところはなく……
チョッパーなりに考えたが、衰え方が病的で時間がないと判断し、Dr.くれはに連絡を取って相談した。
その後チョッパーは、シモツキ村に住むゾロの師匠と連絡を取り、ゾロの両親について分かる事を聞き出していた。


「ゾロの両親も同じだったらしい。動けなくなったと思ったらあっと言う間に亡くなったそうだ。」
それで結局、ゾロの種族は短命で、筋肉が極端に機能しなくなっていくタイプの老化を辿る、と言う結論に至ったとチョッパーは話した。


「……ゾロも……そうなるのか?」


その返事は返って来なかった。
長い長い沈黙。
チョッパーが重い口を開いた。


「はっきりと言えることは、ゾロはここにこうして立っていることさえもホントはままならない程なんだ。刀だって……もう持てない。」


ああ、それで……
全てが合点がいった。
刀のこと。
シモツキ村に入ってからほとんど一味と接することもなかったこと。
船を降りると言ったこと。


ゾロは俯いたまま動かない。
俺はゾロに近付いて名前を呼んだ。
「ゾロ……」
手を伸ばして、触れた……途端、ゾロはストンとその場に座り込んだ。
いや、崩れ落ちたと言った方が的を得ている。
「ゾロ!!」
チョッパーが駆け寄る。
人型になるとゾロを抱き上げた。
「ごめん、ルフィ。これ以上は無理だ。」
ゾロを抱き抱えたまま立ち去るチョッパーに、何も言うことが出来ない。
「あ、そうだ。」
そのチョッパーが立ち止まって振り向いた。
「俺、ゾロと一緒にここに残るから。」
主治医が患者から離れる訳にはいかない、と。


二人がいなくなっても、おれは桜の木の下で呆然と立ち尽くしていた。



 


2014.06.28


NEXT →

拍手する     

 



久しぶりの、本当に久しぶりの更新です。
桜の季節に書いたSSです……今更とかそんなことはよく分かっているので突っ込み厳禁。

ふと、こんなお話思いついてしまってですね。
ゾロスキーとして、これはどうなの??と思わないこともなかったのですが(苦笑)
こんなのもまた一興。
大好きなゾロの話を考えてる時が一番幸せです。


NOVEL TOP