『その背中に手は届くのか4』



夏が終われば、俺達三年は当然引退だ。
阿部、三橋、田島は推薦で大学へ行くようだが、
俺は野球だけになるのが嫌で、受験をすることにしていた。
あんなに一緒に行動していた野球部の連中とも時間が合わないせいか、
ほとんど話もしないようになっていた。
そんなもんなのかな、少し寂しい気もした。

田島と顔を合わせなくて済んだのは正直ホッとしていた。
どんな顔をしたらいいのか分からないし、それにあの訳の分からないザワザワは、
何故か怖いと感じるからだった。

そんなこんなで、あっという間に二学期の期末になった。
試験休みで部活もなく、グランドは静かだった。

普段は後輩達がいて、なんだか気恥ずかしくて近づけかないんだけど…。
ほんの気まぐれだった。
あのキラキラした記憶に少しだけ浸りたいと思った。
「鍵は…隠し場所、変わってないんだな。」
なんか嬉しく思いながら部室に入った。

何も変わらない、それが第一印象。
でも、俺達の部室じゃない。
「当たり前だけどな。」
自然と笑みがこぼれる。

カチャ。
ドアの開く音。
「あ、すぐに出るか…ら…。」
逆光で顔が分からないけど、そのシルエットだけで誰だか分かる。
「田島…。」
「花井が入ってくのが見えたから…さ…。」
ザワザワ、ザワザワ。
胸が急に苦しくなって、心臓もバクバクと騒いで。

「久しぶり、だな。」
「あ、ああ。そうだな。」
「元気?」
「まあな。」
俺は必死で普通を装った。
この鼓動も、胸の痛みも、ザワザワも、気付かれないように…。
「あの…花井さ。」
「え?」
「俺を嫌いか?」
「は?」
鼓動も胸の痛みもザワザワも、更に強くなる。
「いや…嫌いじゃないよ。」
「そうか、良かった。」
フワッと田島が笑った。
その時、あのザワザワが身体の奥から溢れ出たような、そんな感覚が襲ってきた。
嬉しい、と思った。
田島が笑ったこと。
何とも言えない感じがした。
なんだかキュッと胸が掴まれたような、そんな感じで。
熱くなる身体が止まらない。
顔が赤くなるのが分かる。

そんな俺に田島が気付く。
すると困ったような顔をして笑う。
「花井、その顔はヤバい。」
「え?!」
「ムボービ過ぎ。もちっと俺を警戒しないと。」
な、な?
「じゃないと俺、花井に触れたくなる。」
切なそうな表情。

「…いいよ。」
え?!
「え?!」
お、俺…今なに言った?!
「あ、いや、あの…触るくらい…なら。」
そう言って、手を出した。
田島は暫く俺の手を見つめ、それから握手をするような感じで俺の手を握った。

ドキンッ。

ザワザワザワザワ。

鼓動が速くて、強い。
ヤバい、気付かれませんように…。

「花井、俺…」
俺の手も、田島の手も冷たかった。
お互いが緊張しているのが分かった。

「花井のこと、ずっと好きでいたら…駄目か?」
「田島…」

何も言えなかった。
駄目も何も、目を醒ませと言ってやるはずだった。
なのに。

「止まらねぇよ、こんな…好きなのに…なんで…花井…」


ザワザワ、ザワザワ。
溢れる何かが、とても熱くて、切ないけど、嬉しくて、優しくて。
ああ、なんで。
ずっとこいつを見てきたじゃないか。
背中を追ってきたじゃないか。
なんで気がつかなかったんだ。
俺はこんなにも、田島を欲していたというのに。

「…いいよ、好きでいても。」
「…え?」
田島が目を丸くした。
「俺…も、田島、好き、みたいだから…」

繋いでいた手が熱を帯びていく。
「花井…」
「…おう。」
その瞬間。
グイッと引っ張られてバランスを崩す。

「え?あ!わあ!!」
二人してもつれるように倒れた。
「何すんだ!田島!」
目を開いたら、田島の顔があって。
もう少し詳しく言えば、俺の上に田島がいて。
つまりは田島に押し倒されたような感じになってた。
「!!!」
「だから…もちっと警戒しろって、花井。」
「な、何言ってんだよ、お前は!」

すぐそこにある田島の顔が、急に大人びて見えた。

「や…あの…田島?」
「…キス、するよ?」
「!!!!」

触れた唇。
ホントに触れただけ、なのに。
身体中に電気が走り、意識がどっかに飛んでしまいそうなくらいだった。

 




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