『その背中に手は届くのか2』



俺達の夏が終わった。
思えば、あっという間の三年間で。
だけど密度の濃い三年間で。

結局、アイツの背中には手が届くことはなかった。
近付いたと思ったら、かわされてまた遠く離れていく。
そんな感じだった。
本当に悔しい思いをした。
でも、それで良かったのかもしれない。
俺はアイツを追い掛けることで、確実にレベルアップして来たし、
目標がハッキリすることで、迷いもブレもなかった。
本気で野球に打ち込むことが出来たんだ。
辛かったけど、楽しかった。
西浦だったから。
アイツが、田島がいたから。
田島は、追い掛ける俺をどう感じていたんだろう。
いいライバルと思っていてくれたのだろうか。
それとも…。

「花井ー!」
「た…田島。」
不意に声を掛けられて驚いた。
しかも田島だし。
「こんなとこにいたのか。探したぞ。
 まあグランドのベンチってのは花井らしいけど。」
「ああ…すまん。なんか用か?」
「うん。花井に言いたいことがある。」

言いたいこと?

「な…何だ?」
「あのな、俺。西浦で野球出来て良かった。」
「そうだな。俺もそう思うよ。」
「でな、花井がいてくれて、スゲェ良かったと思うんだ。」
え?
な、何?
「花井がスゲェからさ、俺負けらんなかった。
 だから頑張ったよ、ゲンミツに。」
ええええ!?
そんな風に思ってたなんて…なんか、嬉しいかも。
「俺も、田島がいてくれて良かったと思うよ。」
シシ、と田島が笑う。
「話って…そのことか?」

途端に、田島の笑みが消えた。
「ど、どうした?」
俺なんか変なこと言ったかな?
「なあ花井。」
「う、うん?」
真っ直ぐに俺を見るその瞳は、まるでバッターボックスにいる時のような、
そんな眼差しで。
「た…田島?」

「俺、花井が好きだ。」
は?
はい?!
「い…いや、俺もどっちかっつーと好きだと思うけど…」
「花井の好きと、俺の好きは多分違ってる。」
『好き』が違う?
いや待て。
そもそも好きに種類が…や、あるけど、でもそれは…。
「俺は花井と付き合いたいと思ってるから。」
「…へ?」

なんだよ、なんだよそれ。なんのつもりなんだ?
理解不能だよ。

「冗談キツイぜ?」
「冗談なんかじゃない!」
何だか怖いくらい、田島の顔は真剣で。

「俺、花井が追い掛けてくるの気付いて負けらんないって思った。」

田島。

「追い付かれたくなくて、スゲェ頑張った。」

田島。

「花井に追い付かれたら、俺花井に飽きられると思った。」

…田島。

「だけど。なあ花井。俺、気付いた。」

たじま。

「花井の視線を独り占めしたい。」

たじ…ま…。

「ずっと一緒にいたい。」

…た…じま…やめ…。

「おれ、花井が好きだ。」

「辞めてくれ!!」

身体が震えた。
心臓が痛い。
息が…出来ない。
熱くなっていく身体を止められない。

「花井…。」
見たこともない、田島の哀しそうな笑み。
「ごめんな。」
そう言うと田島は俺に背を向けた。
「ここで…西浦で野球出来て、本当に良かったと思ってる。
 それは、花井への気持ちとは関係なく、本当に。」
振り向く。
「ゲンミツに!」
今度は、いつもの田島らしい笑顔で。

「田島…。」

駆け出した田島を引き止めもせず、ただその背中を見送った。
ずっと追い掛けていたその背中が、すぐそこにあったのに。

一人残されたベンチで、呆然と座り込む。
考えたことがなかった。
田島が、俺を、なんて。
だって、俺達は男同士だし。
有り得ないだろ?

そう思う反面、何か胸の奥からザワザワと沸き上がってくるものがあって。
それは抑えがたい何かで。
その感情が何なのか、理解出来ないでいた。

その時、気配を感じて顔を上げた。

「…栄口…。」
穏和な性格の栄口は普段から自分から突っ込んでものを言う方じゃない。
その栄口が、何か言いたそうに俺の前に立っていた。



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