『桜、桜 3』


 
あの日から5年が過ぎた。
葉は生い茂るようになったが、肝心の蕾は一度も見ていない。
そう、桜はあれから一度も咲いていない。
それでも、いつ果たされるのか分からない約束を信じて、ルフィは時間が出来ると桜の元に通った。
村の連中はもののけに取り憑かれたんだとか、気でも違ったんだとか噂をしていたが、
それも3年経った頃から言われなくなった。
ルフィにとってはどうでもよいことではあったが、エースやシャンクスまで悪く言われるのは辛かったので
ホッとしたと言うのが本音だった。


最後に桜の言葉を聞いた5年前。
『ルフィ…』
忘れたことなんかなかった。
いつも耳元で囁かれてる気がして…だから桜をいつも傍に感じていた。
それでも5年という月日は決して短くはなく、少なからず諦めのような感情も芽生えつつあった。
桜、もう会えねぇのか?
あれは…嘘だったのか?
嘘だと思いたくない、だから通い続ける。
でもどこかでもう会えないんじゃないか、そんな思いもある。
自分の中の矛盾に、必死で折り合いをつけて日々を過ごしていた。


また、桜の季節が過ぎようとしている。
今年も咲かなかった、桜。
ルフィは不意に虚しくなった。
想っているのは自分だけで、桜にとって俺は何でもない存在なんじゃないか…
頬を
熱いものが伝う。
ルフィは拭わなかった。
はたはたと零れる涙を。


桜の幹をギュッと抱き締める。
額を幹にくっ付け、あの日のことを思い出す。
咲き誇る桜。
その傍らに立つ、美しくて妖艶な『桜』。
今も、こんなにも鮮やかに思い出せるのに、忘れることなんて出来ないのに。


その時、風が吹いた。


強い風に思わずギュッと目を閉じる。
そして、その風が不自然に吹いていることに気付く。


サクラカラフイテイル
オレニムカッテフイテイル
俺に向かって─────


見上げた桜は
あの時と同じ、いやそれ以上に鮮やかに咲き誇っていた。
舞散る花びらはまるでルフィを包み込むかのように見えた。
何の前触れもなく、満開を迎えた桜にルフィはただ唖然と見上げるしかなかった。


「ルフィ。」
その声の方向に目を向ける。
「…桜…」
ずっとずっと会いたかった。
鮮やかな緑色の髪。
切れ長な目。
何もかも、記憶通り、いやそれ以上の美しさと妖艶さ。


「待たせたな。」
「もう…会えねぇかと…」
「…約束は、守る。」


ふわりと微笑む桜に、ルフィはついっと手を伸ばした。
「ダメだ。俺に触れるな。」
「な…なんで?!」
桜はちょっと困ったように笑ってから言った。
「俺はお前を死なせたくない。」
「え…死…?」


ルフィは知った。
桜は人の生気を喰い生き長らえていること。
自分を死なせなくなかったから、そのことわりに初めて反抗し、その反動でダメージを受けたこと。
花の咲かない自分は生気を集めるのが難しく、回復に時間がかかったこと。


「俺がこうしてまたお前に会えたのは、少しずつお前の生気を貰えたから…お前のおかげだ。だが───」
桜の表情が曇る。
「花が咲いてしまうと、俺は制御が効かない。また同じことを繰り返す。次はきっと…」
「俺はいいっ!!」
ルフィは思った。
やっと会えたのに、触れることも出来ない。
咲いてる間しか会えないのに。
だったら、いっそのこと!


「お前を喰らったら、俺はどうしたらいいんだ。」
「…桜。」
「せっかく会えたのに。俺を受け入れてくれる人間に。なのに…お前を喰ったら俺はまた一人だ。」
「…」
「…分かってくれ。後生だ。」


「…分かるけど、分かんねぇよ!!」
「ルフィ!!」


ルフィは桜に飛び付いた。
ずっとずっと、そうしたかったから。
お前が生きてくれたら、俺はお化けになってでも傍にいるから…
だから、だから…ごめん、桜…


腕の中で、みるみる冷たくなるルフィ。
ああ、間に合わない。
今から何をしても間に合わない!
ルフィの艶のある唇の色が失われていく。
桜は、初めてルフィを強く抱き締めた。
何故?!何故ルフィを死なせなければならない?!
たまらず桜はルフィに口付けた。
済まない、済まない。
俺にはどうすることも出来ない。
お前を失いたくないのに!!




「…桜?」
「…ルフィ?!」


桜の目の前に、ルフィが何もなかったかのように立っていた。
「何故だ?なんともないのか?!」
「うん。一回力抜けた感じしたけど、桜がちゅうしたら治った。」
「なっ…そんなはっきりと恥ずかしいことを言うな!!」
「…照れてる?」


美しくて妖艶で。
スゲーカッコいい桜。
その桜が照れて真っ赤になって。
なんだか可愛らしくて。
「なあ、名前は?」
「あ?んなもん、ねぇよ。」
「ねぇのか?」
「何とでも、好きなように呼べばいい。」
「ふうん…んじゃゾロ。」
「…なんでそんな名前なんだ。」
「なんとなくだ!!」
「…勝手にしろ。」


嬉しそうなルフィにゾロはそれ以上何も言わなかった。
そして二人は、降り注ぐ花びらをいつまでも見上げていた。

 

 

桜、桜。
パッと咲いて、サッと散る。
こんなにも儚いのに、こんなにも心奪われるものなど、他に存在するだろうか。

そして、その桜を捕らえる人間は…きっと他には存在しない。



 



書けました、書いちゃいました。
桜なゾロと、桜に恋したルフィ。
再会編です、お楽しみいただけましたでしょうか??
書いてて切なかったですね〜もうどうしようかと思いました。
そんな私だからハッピーエンドになっちゃうんだよね。


2010.04.28

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