「 ただ、それだけ 」
「隆也!ターカーヤ!!おい、聞こえねぇのか?!」
聞こえてる。
聞こえない訳がない。
フェンスの向こう。
俺から僅か三メートル先に、声の主、榛名元希その人はいた。
俺だってガキじゃねーから、いつまでも昔のことに目くじら立てる気はねぇ。
挨拶くらいだったら普通に交わせばいいだろう。
だけど…だけどな。
問題は、ここがどこかって話で。
「ねぇ。榛名さん、毎週来てるよね。」
栄口の言葉に、
「だから?」
つい冷たく答える。
そう、ここは西浦高校のグラウンドで。
元希さんは武蔵野第一の生徒だから、当たり前にまるっきり部外者で。
「ロードの途中なんだ。隆也に会いに来てやったぞ!」
と、ここに現れたのはつい先月の話。
それからは毎週土曜日になるとやってくるようになっていた。
「武蔵野第一って…スゲー遠いんじゃね?ロードのついでって距離違うよな。」
「じゃあ…敵状視察?」
いやぁ…と皆が首を捻った。
だが慣れとは怖い。
しばらくすると皆が元希さんと挨拶くらいは交せるようになってしまった。
ニコニコと笑顔でやってくる元希さんに、すっかり丸め込まれてしまっていた。
「なあなあ。隆也だけだぞー挨拶してくんねぇの。」
「…勝手に来といて、挨拶要求とは相変わらず俺様ですね。」
「なんだとー?!」
怒りだす元希さんは放っておいて、俺は花井に声をかけた。
「すまん。今日はバッテリー練習したかったんだか、榛名来てるからまたにしよう。」
「あ、ああ。俺は構わないけど…いいのか?榛名さん。」
「いいんだよ。好きで来てるんだろうから、あの人。」
ふうん…そう…
と言いながらも納得してない表情の花井。
立ち止まって、考え込むように元希さんをジッと見ていた。
「阿部。ちゃんと榛名さんと話して来いよ。」
「はあ?俺は話すことなんてねぇよ。」
花井は俺を見ない。
元希さんから視線を外さない。
「先輩なんだろ?阿部の。」
「まあ…そうだけど。」
しばらく間があって、ようやく花井は俺を見た。
「あんなに阿部を慕ってるんじゃないか。俺、あんな先輩見たことねぇよ。羨ましいくらいだ。」
花井の瞳に嘘はなかった。
羨ましいって…見てて分かんねぇかな、あの俺様振り。
俺の都合なんかあったもんじゃねぇ。
「花井、おまえさ、」
「それなのに、」
俺の言葉を遮った花井の瞳に宿るのは、
「あんまりじゃねぇの?阿部の態度。俺、そういうの、好きじゃねぇ。」
─────嫌悪感。
「俺らだって集中出来ないし、阿部、榛名さんとちゃんと話せ。」「……」
「キャプテン命令。」
「…分かった。」
花井がやっと笑った。
「おーー隆也!やっと挨拶する気になったか?!」
「…何か用ですか?」
元希さんはキョトンとした表情を見せた。
「何で?隆也の顔を見に来たんだけど?」
「…ずいぶんと暇ですね。」
おまえなーと元希さんは言う。
「挨拶しに来たと思ったら、ホント可愛げがねぇなぁ。」
「なくて当たり前です。話し掛けたのは早く帰って欲しいからです。キャプテン命令でもあるし。」
ふうん…と言って、元希さんは花井を見た。
「キャプテンって、あの背の高けぇ坊主頭?」
「そうですけど。」
また、ふうん、と元希さんは言う。
「…アイツか。」
「は?」
「アイツなんだろ。」
「…何のことですか?」
「おまえテンパると早口になんだよな。」
「…何のことか全然分かりませんね。用はそれだけですか?」
「隠しても俺には分かるぜ。隆也のこと、よーく知ってるからな。」
早く、早く。
お願いだから早く帰ってくれ。
そしてここには二度と来ないでくれ…!!
「俺の何が分かるって言うんですか。」
「分かるよ、俺なら。アイツには分かんなくても、俺はおまえが分かってやれる。」
「…どんな自信ですか、それは。」
「事実だ。」
大きく溜め息をする。
どこまで自分勝手で自信過剰なんだろう。
多少は丸くなったのかと思っていたが、間違いだったみたいだ。
「とにかく、俺から話すことはありませんから。」
「待てよ隆也、なぁ!」
「帰って下さい。」
そう言って元希さんに背を向ける。
これ以上話していても埒があかない。
大声を出してしまったら、それこそ花井に何を言われるか分からない。
「隆也!!」
名前を呼ばれて、思わず振り向く。
「また来るからな!」
「…来るなって言っても来るんでしょ?」
元希さんは、可愛くねーと苦笑いして、手を振りながら走りだした。
「元希さんにだって、俺の気持ちは分かんないですよ…。」
その背中に、俺はそう言った。
「花井。悪かったな、榛名やっと帰ったわ。」
花井に声を掛ける。
「ん、そっか。ちゃんと話せたか?」
黙って頷くと花井はホッとしたように笑った。
「んじゃ、バッテリー練習すっか?」
「そうだな。そうすっか。」俺は、
花井から向けられる笑顔を、
失いたくはないんだ。
ただ、それだけなんだ。
◇ これも某企画に参加させていただいたものです。ええ、忘れてましたwww
コンセプトは一方通行。
榛名→阿部→花井・・・・萌えますね、片想い(ふふふふふふ)
2011.04.17
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