「好きだからこそ」



時々思う。
俺ばっか好きなんじゃないかって。
んなことねぇよって花井は笑うけど、んなことあるって俺は思う。


野球してる間の俺達には接点がない。
俺は三橋で一杯一杯だし、花井は花井で守備にピッチングにバッティング。
キャプテンだから全体も見ている。
阿部は自分でやってくれって雰囲気が漂っていて、声なんてかけられない。
部誌をシガポに出しに行って帰って来る花井は疲れ切ってて、とてもじゃないけどあれこれ話そうと言う感じじゃねぇ。
なのに花井はニッコリ笑って、
「待っててくれたんだ。サンキュ。」
って言う。


そんな花井を見てると胸が痛む。
キツいはずだ、しんどいはずだ。
なのに愚痴一つ溢さない。
何でなんも言ってくんねぇんだよ。
俺には何でも話して欲しいのに。
今日だって、また田島が訳の分からない遊びを始めて追っ掛けてたし、ピッチング練習だってモモカンに見て貰いながら色々やってたし。
栄口に内野と外野の連携守備のこと相談されて、泉や巣山になんか指示出してたし。
一杯一杯だよな?
笑う元気なんてねぇよな?
いつも俺には笑顔ばっかの花井にイライラする。


「すぐ着替えっから。」
嬉しそうに笑って、着替え始めた。
そんな花井に背中向けて座って。
なんて無防備。
仮にも二人っ切りで、恋人同士(多分)で。
んな嬉しそうにすんなよ。
俺だってさ、色々…思うんだぜ?一応。
抱き締めて欲しいだとか、キス、したいだとか。
花井はそんな風に思わねぇのか?
俺ばっかこんなこと考えてんのか?
ほら、やっぱ俺の方が好きが大きいんだ。


はあ…と知らないうちにため息をついてしまってたらしく、着替えを済ませた花井が俺の顔を覗き込んだ。
「どした?なんかあったか?」
至近距離の顔に心臓が飛び上がる。
「なっなんでもねぇ!」
「そんな感じじゃねぇんだけど?」
…こんなことばっか感がいいな、花井のヤツ。
なんだかスゲー腹が立って、何も言わない花井も、ぐるぐるしてる自分にも。


「なあ、お前ちったぁ俺のこと意識してるか?」
「何が?」
キョトンとする花井に益々腹が立って。
「あんま無防備だと…」
「え…」
「堪んないんだけど、俺。」


沈黙。
言ってしまった言葉は取り消せないんだけど、やっぱしまったと思った。
花井にとって、俺はそんなに大きな存在じゃねぇのに。
「あ…いや、何でもねぇ。」
そう言って、顔を背けた。
ヤバイ、俺馬鹿みてぇだ。


恥ずかしくて顔が上げらんない、そう思った瞬間。
グイッと後ろから引っ張られた。
何が何だか分からなかった。
気が付いたら、花井の腕の中だった。
「なっ…はな…い…。」
「誘ってんの?」
顔が、身体が、一気に熱くなった。
「ばっ…違うっ…」
「…そう?」
首筋に花井の息がかかって、嫌でも身体が反応して。
花井の腕から逃れようとジタバタとしていたら、その腕の力がフッと緩んだ。
あたふたと花井から離れて振り返った。


「花井…」


その表情。
切なくて、辛くて、苦しくて。
俯いて下唇を噛んで、自分の腕を抱き締めるようにして。
その拳はギュッと握り締められていた。
「阿部、悪いけど先に帰ってくんね?」
絞りだすような声に俺は動揺した。
こんな声、聞いたことねぇ。
「な…んで?」
「…このままだと、俺我慢出来なくて阿部にひでぇことしそう…」
消えそうに、小さな声。
「頼む、から…」
身体がデカくて、頭の回転も良くて、誰からも慕われる兄貴のような存在で。
こんな小さくなってる花井を今まで見たことがなかった。


花井も俺と同じなんだ ─────


「我慢、すんなよ。」
俺の言葉に花井はゆっくりと顔を上げる。
何とも言えない、今すぐにでも泣き出しそうな顔。
「花井がするなら酷くねぇよ。」
「阿部…」
「俺は…花井がスゲェ好きだから。何されても、花井なら嬉しい。」
相変わらず泣き出しそうな顔だけど、嬉しそうでもあって。
さっきまで握り締められていた拳が開いて俺に向かって伸びる。
大きな手が、俺の頬を包んだ。
その手は小さく震えていて、花井の緊張感が俺に伝わってきた。


愛おしい。
俺の大事な存在、花井。
花井の手に自分の手を合わせた。
ゆっくり花井の顔が近づいて…
初めて合わせた唇は、切なくて苦しくて、でも嬉しくて。
甘い感情が心を支配した。
俺は堪らなくて花井にしがみついた。
花井もギュッと俺を抱き締めた。
ソッと唇を離して、見つめ合った俺達の瞳に、
もう ── 迷いやわだかまりはなかった。

 

 

「絶対俺の方。」
「いや、俺だろ。」
どっちが好きか、俺達は時々ケンカをする。
ホントは同じだけお互いが好きだって分かってるけど。
あの時悩んで悩んで、踏み出せなかった一歩を踏み出せたのはあの時間があったからこそ。
だからこそ俺は譲らねぇ。


「俺の方が好きだ。」
「フッ…阿部って頑固だよな。」
「…花井こそ。」


好きだからこそ、頑固ってあるよな?




◇ 花井にベタ惚れな阿部を目指してます。
  あ?
  挫折気味?w


2010.02.21




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