「知る由もない」
西浦を卒業してからもう随分経った。
大学で野球を続けたものの、プロや社会人野球に繋げる事は出来ず、俺は普通に就職していた。
当時のメンバー達も大体同じような感じで、プロへ行ったのは田島だけだった。
その結果には納得している。
それはそうだろって思う。
アイツの凄さは、俺が一番良く知っているから。
高校の頃の田島は身長が多少伸びはしたものの、相変わらず細身だった。
だからって「今の俺じゃプロではやってけないから。」
等と言い放ち、プロ行きを蹴ったとんでもないヤツで。
大学で野球三昧し、思い通りの体格を手にした田島は凄かった。
大学野球のタイトルを総なめにし、ドラフトでは6球団の指名を受けた。
『まさに野球の申し子、田島悠一郎華々しいデビュー戦です!』
スポーツニュースのキャスターが、少し興奮気味に伝えていた。
開幕からスタメンと言うわけにはいかなかったけど、
代打サヨナラホームランなんて田島らしいデビュー戦だなと思った。
テレビを横目に見ながら、冷蔵庫からビールを出して一口飲む。
…美味くない。
いつも帰ってから飲むビールはすごく美味いのに。
スッキリとしない思いが俺を支配していた。
俺、いったいどうしたんだろう。
こんな感じ、前にもどっかで…。
携帯が鳴って、ふと我に返る。
ディスプレイを見て驚いた。
「阿部?」
阿部がこんな時間に連絡してくんなんて珍しい。
水谷ならまだしも。
不思議に思いながら出てみる。
「もしもし、阿部か?」
『おー花井。今、良かったか?』
「ああ、いいけど、どした?何かあったか??」
一瞬沈黙する。
あれ?俺変なこと言ったか?
「阿部?」
『誕生日、おめでと。』
「は?!」
咄嗟に時計を見た。
12時を少し回ったところで。
「あ…ああ…そうか、誕生日。」
『忘れてたのか?』
「ん…まあ…。」
『はは、自分の誕生日忘れんなって。』
でもまあ、俺も人のこと言えねぇけど、と阿部は笑った。
仲間の声に、さっきまで騒ついていた気持ちが徐々に落ち着いて来た。
少しホッとした。
「まさか阿部が携帯してくるなんて思わなかったな。一番意外な感じするわ。」
『何だ、お前喧嘩売る気かよ(笑)』
すごくありがたかった。
田島の活躍を見るのは嬉しいけど、やっぱりどこかで悔しいと思う。
届かない、どこまでも遠い存在。
さっきまでの感情は、きっと嫉妬に違いなかったと気が付く。
「いや、すげぇ嬉しい。今ちょっと凹んでたからな。」
『…やっぱそうか。』
え?やっぱ?
「やっぱって…」
『あ、いや…何でもねぇよ。』
「何でもなくねぇって。やっぱって何だよ。阿部に何が分かんだよ。」
何だかすごくイラついた。
図星を突かれたような感覚で。
阿部は何も言ってないのに。
『…俺には…分かんねぇよ。ただ何となく、そうかなと思っただけだ。』
遅くに悪かったな、と言って阿部は一方的に携帯を切った。
「あ…」
馬鹿、俺何八つ当たりしてんだ。
慌てて掛けなおしたけど、阿部は出なくて。
怒らせてしまった。
誕生日を覚えていてくれて、恐らくは田島の活躍を見て落ち込んでいるであろう俺を気にしてくれた阿部。
「はあぁ…」
俺、全然変わってねぇなぁ…ホントしょうがないヤツって感じだ。
携帯には出てくれないので、メールをしておく。
(悪かったよ。お前の想像通り、田島のホームラン見て凹んでたんだ。俺って全然進歩がねぇよな。ホントごめん。)
怒っているだろうから返信はないだろうけど、それでも謝りたい気持ちは伝えておきたかった。
そういやせっかく誕生日おめでとうって言ってくれたのに、ありがとうも言ってなかった。
「あーしまった…」
今更追加でメールもなぁ…などと考えていたら、部屋の呼び鈴が鳴った。
「…何だ?こんな時間に。」
時間が時間だけに恐る恐るドアに近付き、覗き窓から覗く。
「!!」
慌てて開けると、立っているのは阿部で。
「よぉ。」
「な、なんで?!」
阿部は手に持っていたコンビニの袋を持ち上げる。
「やろうぜ。」
「は?何を?」
「誕生日会。」
ニヤリと笑う阿部に、思わず吹き出す。
怪訝そうに何で笑うんだよと言う阿部に、何でもねぇと返す。
「ありがとな。」
「別に。ちょっと飲みたかっただけだ。」
阿部は今日から休みだからな、とビールを開けた。
俺、仕事なんだけどと言うと、
「休んじまえ。誕生日休暇だ。」
とやっぱりニヤリと笑う。
なんでこいつ、こんな悪どい顔して笑うんだろ。
でも、何か嬉しくて楽しくて。
「そういや阿部って、昔から俺の考えてることよく分かるよな。そんな分かりやすいか、俺。」
「…まあ、分かりにくくはないだろ。」
よく見てたからなんか分かるんだよ、と阿部が言う。
ふうん……て、はい?
何かすごく引っ掛かったんだけど、あれ?
なんで引っ掛かったんだろ。
首をかしげて考えてみた。
「…にぶっ」
「はあ?!何がだよっ!」
あはははと笑いだす阿部に、それ以上問いただすことは出来なくて。
でも阿部には感謝だ。
さっきまですげぇ嫌な感情が俺を支配していたのに。
阿部ってなんかすげぇ。
キャッチャーやってたからかな、よく気が付くな。
気分も新たに、ビールを口にした。
アパートの傍まで来てから携帯してたなんて、
こいつ絶対気が付かねぇだろうな…
まあ、だから花井なんだけど。
そんな阿部の想いを、花井は知る由もない。
◇ 2010花井誕SSです。
私にしては珍しい未来系となりました。
花井が鈍いのは仕方がないよ、阿部w
ハナベのつもりで書き始めたんだけど、これはアベハナだ、と途中で気が付きました。
でも、あえて、ハナベと叫ぶ。
なんでって、阿部の気付くまで待ってるっぽいとこは完全に受けだから(こじ付け)
何はともあれ、花井誕生日おめでとう!!
2010.04.28