「 幸せに思う 」




「今日って花井の誕生日なんだ?」
合宿に向かうバスの中で、隣のたれ目が聞いてきた。
何を今更。
昨日あんだけ田島と水谷が騒いでたっつーのに。
どんだけ俺に興味ないんだ、お前はよ。
そして手にしてるうちのデータブック(篠岡作)を見て初めて気が付くってどーなんだそれ。
いくら俺がお前に対して寛容でも限度あるぞ。


「はいはい、そうです、誕生日です。」
「ふーん、そう。」


…凹む。
マジで凹むわ。


付き合い出して初めての誕生日。
何とはなしにそれを匂わせていたけど、相手はあの阿部だ。
普段は野球と三橋以外に興味ねぇのかってくらいにガン無視もいいとこだ。
昼休みに飯こそ一緒に食うけど、データブック片手だし、すぐ寝ちまうし。
話すのは野球のことばっかだし。
いや、野球のことが不満なんじゃなくて、ちったぁ俺にも興味持てよって話で。
阿部を相手に甘い雰囲気を望む方がきっと間違いなんだと思うしかない。


そうこうして、合宿はスタート。
去年と同じように掃除から始まり山へと繰り出す。
去年と違うのはメンバーが多いことと、ただ山を歩き回るのではなく、身体を鍛えてることも意識していること。
それから飯の前にしっかり走り込みしたこと。
夜はイメージトレーニングやメンタル的な話をシガポから受け、就寝時間になった。


「花井、誕生日おめでとう。」
振り向くと栄口がニッコリと笑って包み紙を差し出していた。
「わっ、うおっ、え?俺に?!」
「うん。まあ、実は貰い物のTシャツなんだけど、俺には大きくてさ。花井なら着れるかなと思って。」
「わーなんかマジ嬉しいっ!開けてみていいか?」
「もちろん。花井の趣味に合う感じだったから、気に入ると思うよ。」
包み紙を開けてみると、明るい色のTシャツで、肩の所にワンポイント入ってるシンプルなやつ。
「なんかいいじゃん!栄口、サンキュー!」
どういたしまして、とまたニッコリ。


みんなに着てみろよと言われて、ちょっと得意げに着てみたりして。
普段なら照れ臭くて誤魔化したりしてるけど、今日は阿部のこともあって凹んでたから素直に嬉しかった。
だから誕生日っぽいこの出来事に柄にもなくはしゃいでいた。
ドンッと背中に当たる感覚がして振り向くと見慣れたウニ頭が見えた。
「阿部?どうした?」
返事はない。
どうやら寝てしまっているようだ。
「しょうがねぇなぁ。」
敷いてあった布団にみんなで運んで寝かせた。


「あれ?」
その阿部から離れようとしたら、クンッと引っ張る感覚。
「阿部、Tシャツ掴んでるぞ。」
巣山に言われて見てみると、なるほど裾の辺りがしっかりと掴まれている。
何だよ、おいおいとTシャツを軽く引っ張ったけど阿部は離さない。
「まいったなぁ。シャツ伸びちまうのは嫌だし。」
無理矢理手をこじ開けようものならものすごい勢いで睨まれそうだし(汗)


「まあいいじゃん。そのうち離すだろ。花井は阿部の隣で寝れば?」
苦笑いの栄口。
…そりゃ願ってもない話ですけどね、俺的には。
でも案外至近距離なんだよ?
眠れるのか、俺。
そうは言ってもどうしようもない。
渋々布団に入ると、阿部はうーんと唸り、もぞもぞと動いてピッタリと俺にくっついた。
「お、おいっ、阿部!くっつくなよ!」
みんながドッと笑う。
「お母さんはお父さんと一緒に寝たいんだって!」
水谷が言うとまたみんなが笑った。
なんだその『お父さん』と『お母さん』って…。
つうか、マジ洒落になってねぇ。
…眠れるのか、俺。
眠れねぇよな、俺。


電気を消すと、辺りからは直ぐ様寝息が聞こえてきた。
まあそりゃそうだ。
慣れない場所での活動は思った以上に疲労を感じる。
俺だってそれなりに疲れてるから眠りたいと思う。
思う、けど。
くっついてる阿部を何とかしないと眠れる訳ねーって!(涙)


そーっと阿部の身体を向こうに押す。
身体がほんの少し離れて、もうちょっと、と思った瞬間。
グイッとまた引き戻された。
え?
何だ?
どうして?
唖然としてると、目の前にあった阿部の頭が動いて。
阿部と目が合った。
布団の中、至近距離の阿部の顔。
上目遣いの瞳。
まるで誘っているかのような。
ドキンッとして、喉がゴクリッと鳴る。


「寝呆け、てる…のか?」
小声で聞くと、阿部の眉間に皺が寄った。
違う?みたいだけど…
どうしたらいいのか分からなくて、でも至近距離の阿部に心臓はバクバクで。
そうこうしていたら、阿部の顔が近付いてきた。
え、え、えー?!
思考回路が完全にオーバーヒートした。
マジで?!?


近付いてきた顔は寸でのところで俺が思っていたのとは違うコースをたどり、耳元で止まる。
「…あんな嬉しそうにしてんじゃねーよ。ハゲ。」
…は?…はぁ?!
阿部の顔を見ようにも、ピッタリくっつかれていて身動きがつかない。
はぁ…と一回ため息が聞こえ、一回しか言わねぇぞ、と阿部が呟く。
「誕生日、おめっとさん。」
かあぁぁぁっと顔が熱くなる。
ヤバい。
何か色々、すげぇヤバい。
テンションも何もかも、俺の中で急上昇してなんかもう訳分かんねぇ。
阿部を抱き締めて、キスをしようとした、その瞬間。

「痛ってーー!!」
左の腕に痛みが走る。
周りの連中も驚いて起き上がり、電気をつけた。
「花井、どうしたの?」
栄口が心配そうに寄ってきた。
「あ…いや、腕が…」
痛みのあるところを見て絶句した。
すげー綺麗な歯形があったから。
犯人はもちろん…。


「あれ?鮭おにぎりは?」
と首を傾げる阿部。
一瞬の沈黙の後、大笑いするメンバーに、うっせー寝ろよ!と言い、再び阿部を見ると、俺を見てニヤリと笑った。
口がパクパク動く。

『ス・ケ・ベ』

…やられた、阿部の奴わざと噛み付きやがった。
どっから寝ぼけた振りしてたんだアイツ。
何かいいように振り回されてる気するよなぁ。


はあぁ…
なんか、また凹んだ。
しょうがねぇだろ、俺はどうせネガティブだよ。
半分すね気味に布団に入り、ふて寝を決め込んだ。
周りはしばらく笑ってたけど、そのうちスースーと寝息に変わった。


少しして、ツンツンと突かれた。
背中を向ける方向にいるのは誰だか分かってる。
だけど素直に向く気も起こらない。
ここは寝た振りが上策だよな。
何度かつつかれても振り向かずにいたら、もぞもぞ動く気配がして。
背中にピッタリ、くっつかれた。
耳元で聞こえたのは…

「ごめん、やり過ぎた。栄口に、嫉妬しました。」
「…?」
「あんな笑顔、久しぶりに見た。」


そう言えば。
俺は阿部にどんな顔で接してきてた?
野球三橋野球の阿部に、不満だらけだったのは他でもない自分で。
きっとそれが全部顔に出てしまっていて。
「なーんか、悔しかったんだよ。」
布団の中でこそこそ聞こえる声。
レベル内緒話のボリュームだから、少し擦れててハスキーで。
ああ、なんか、脳ミソ痺れるってこんな感じかもしれない。
俺はごそごそと阿部の方を向き、罰が悪そうな顔を見て色々と阿部に悪かったなと思った。


「プレゼント…」
「や、だから…合宿済んだらちゃんと…」


阿部が言い終わるよりも前に、阿部の手を取り、その甲に唇を押しあてた。
「今は、これでいいや。」
「なっ…!!」
「その顔。俺だけにしてくれよな。」
今度は阿部が余裕なさそうで、こんな阿部はかなりレアで。
凄く幸せな気分だった。
やっぱ阿部好きだなって思った。


次の日から、俺は当分『鮭おにぎり』と呼ばれるようになる。
その度に阿部の顔を思い出して、口元が緩むから、何回も阿部に後ろからどつかれた。

そんな小さなことも、
俺にとっては大きな幸せ。





2012.06.04


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◇ 2012花井誕SSです。
  は?今かよ?と思ったあなた!!いいじゃないですか。私の頭の中は一年中花井誕です(おい
  べったべたな内容ですが、花井って幸せを感じるボーダーが低いだろうなってとこが元になってますw
  花井ってば、不憫www





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