「 夏色の 」



どうするか、散々悩んで悩んで。
そんで結局、出席に丸をした。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

梅雨明け間近、ではあるけど、毎日の雨にいい加減うんざりする。
外回りするのも大変だし、何より気分的によろしくない。
生まれてこの方何回の梅雨を経験してきたかって、
そりゃ当然年の数だけなんだろうけど。
こう雨が続いてると、もう何年もずっと降り続けているような錯覚に陥る。


玄関で濡れた傘を振り、スーツを叩く。
いつものように郵便受けを覗き込むと珍しく封書が入っていた。
一目見て、それと分かる封書の差出人を見て凍り付いた。
阿部隆…阿部の父親の名前。
そうか、阿部結婚すんだな…。


招待状を手に部屋へ入る。
カバンと上着をソファの上に放り投げ、招待状を開いた。
セオリー通りの文面をゆっくりと読んで、それから一緒に入ってたメモに目を移した。
『絶対に来いよ。』
変わらない、懐かしい阿部の字。
はは、来いよって、相変わらずだなぁ、阿部のヤツ。
そんな言わなくても行くよ、他ならぬ阿部の結婚式だもんな。
返信用のハガキに名前を書いて、出席に丸をしようとした時、不意に手が止まった。


──────行きたくない。


何でそう思ったのかは分からない。
だけど、どうしても行きたくないと思った。
そんな訳にはいかねぇだろ。
俺は…キャプテンだったんだぞ。
多分、西浦の面子は揃うだろう。
今までもそうだった。
水谷、栄口、田島、泉、西広、巣山、三橋、沖。
皆、自分が知らない相手を見つけて結婚した。
集まる度に、水谷が聞く。
『花井はなんで結婚しないの?』


しないんじゃねぇ、相手がいないんだよといつも答えるけど、
水谷はえーそれはないでしょと言う。
『花井、あんなにモテてたじゃん。今だってそうなんじゃないの?』


実際、彼女が途切れることはあまりなかった。
いつも誰かしらと付き合ってた気がする。
(最近は面倒になってきて付き合ってないが)
もちろん、可愛いと思う相手もいたし、結婚しようと思ったこともある。
だけどいつも何故か相手の方から別れを告げられた。
何でか今でも分かんねぇ。


阿部。
俺がキャプテンで、阿部は副キャプテンで。
接点も多くて一緒にいる時間も長かった。


そして、
あの日、たった一度だけ──────


栄口を含む三人でよくミーティングをしたけど、その日は栄口の都合が悪くて二人だった。
梅雨の間の練習メニューを、ああだのこうだの話をして。
こいつの野球バカっぷりは本当才能だよな、なんて思いつつ、阿部のノートを覗き込んでいた。
不意に、阿部が顔を上げて。
俺の顔のすぐ下に阿部の顔があって。
何故か阿部から目を逸らす事が出来なくて、ジッと見つめ合っていた。
暫くそのままで…何も言わない、言えない、そんな時間が過ぎて。
その時、阿部の瞳が揺らいだ。
微かに赤くなる頬に、俺は吸い寄せられるように唇を寄せた。
そして、唇を合わせた。
本当に触れるだけの、そんなキス。
また、阿部の瞳が揺れて、
「…言わねぇよ、誰にも。」
と言った。


あの瞬間以外に、阿部にそんな想いを抱いたことはない。
そもそも、何であんなことしたのかも分かんねぇし、
阿部が何であんな風に言ったのかも分かんねぇ。
阿部は全く変わらなかったし、何もなかったかのようだったから。
だから、俺自身、記憶の奥に追いやってしまっていた。


「何で…今思い出したんだろ…。」


ペンを置いて溜め息を付いた。
何でこんなに胸が痛むんだろう。
何でこんなに嫌な気持ちになるんだろう。
何で…。


『梓くんは、誰を見てるの?私じゃないよね?好きな人、他にいるよね?』
最後に付き合ってた子に言われた言葉。
別れを告げられた時、彼女は泣きながらそう言った。
訳分かんねぇと思った。
いねぇよって思った。
だけど、悲しいと思わなかった。
切なくなかった。
今の方が、よっぽど切ない。
阿部を想うと切なくて、悲しい。
胸が痛んで、どうしようもなくて。

 

ああ。
そうか、そうだったのか。
俺、阿部の事が……好きだったんだな。
静かに流れる涙を、俺は止めることが出来なかった。

 


どうするか、散々悩んで悩んで。
そんで結局、出席に丸をした。


阿部の結婚式なんて見たくはなかったけど、だからと言って今の自分にどうにか出来るような話じゃない。
あの頃の阿部なら或いは…
そう考えかけて首を振った。
考えたってしょうがない。
阿部が幸せになろうとしてるんだから。


ベランダに出てみたら、いつの間にか雨は止んでいて、
空を見上げると綺麗に天の川が見えた。
「珍しいなぁ…埼玉ならよく見えたんだけど。」
梅雨が明けるのかな、また夏が来るんだな。

あの夏色の空を思い出すと、今でも身体が熱くなる。
馬鹿みたいに、ボール追っ掛けて、それだけ考えて。
あの頃みたいに、何かに夢中になれたら…
こんなに切なくはないんだろうな。
自嘲気味に笑って、煙草に火を着けた。


きっと明日は晴れるだろう。
梅雨も明ける。
あの夏色の空がもうそこまで来てる。




 

◇普段はハピエンしか書きませんが、この話は何故か書きたい衝動に駆られて書いちゃいました。
 想いに気が付いても、花井は打ち明けないタイプだと思います。




 2010.06.25




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