「 距離感 」



強い風が吹いて、俺は身を縮こまらせた。
寒い。
冬生まれだが、寒いのは苦手だ。
いや、嫌いだ。
俺の寒さ嫌いは野球部の連中はよく知っている。
「まぁ…だから……だよな。」
頭にはニット帽。
首にはマフラー。
両方とも、花井のだ。


「俺、部誌出してくっから待ってろよ。今日誕生日だろ?何か奢ってやるよ!」


そんなんいいって、そう言い掛けた俺に、帽子を被せマフラーを巻き、
「待ってろよ!」
ともう一度言って走って行った。
馬鹿、これじゃお前が寒いだろが。
花井はいつもそうだ。
自分のことより、他人を優先する。
優しい、と言えばそうだが、俺に言わせると重度のお人好しだ。
ちったあ自分のことも考えればいいのにと思う。
あいつが誰にでも良い奴なのを見てるとイライラする。
そうだ、俺にだけじゃない。
花井は誰にでも世話を焼きたがる。
だけど花井の表情とか、仕草とか。
小さな小さな違いを見つけては、俺は花井の特別なんだと感じて嬉しく思う。
…そんな自分に戸惑うばかりだ。


去年の今頃から俺は花井を意識するようになっていた。
花井を意識する。
野球選手としてだったら問題ないが、明らかにそれとは違う、今まで感じたことのない異質な感情だった。
正しくはない。
俺の理性はいつも警告していた。
だけどそれを間違いだと、どうしても否定出来なかった。
そうしてしまえば楽なのにと何度思ったか分からない。


「…阿部」
ふと声を掛けられて思考を中断する。
花井やっと戻ったのか。
待たされたから何か色々変なこと考え込んじまった。
寒い中待たされた文句の一つも言ってやろうと振り向こうとして…


出来なかった。
あれ…?何で俺動けない?
背中に感じる感触と温度。
何かに包み込まれる感覚。
そして、
「…阿部……」
耳元で聞こえる花井の声。


何だこれ。
どうなってんだ。
花井…何で俺を抱き締めてんだ?
訳が分からなくて混乱する。
「なっ…お前何してっ?!」
「頼むよ。」
「はぁ?!」
「…頼むから…このまましばらくいさせてくれ。」
花井とは思えない、細い細い声。
そんな声されたら…
俺は何も言えなくて、そのまま黙り込んだ。


シンとした空気。
二人とも何も言わない。
だけどこれでもかって花井を感じる。
耳元の息遣いと、背中に鼓動。
トクトクと強く、早い。
それを感じれば感じるほど、緊張からか胸が痛くなっていく。
花井…なあ、お前……


どれくらいそうしてたか。
何十分にも思えたし、もしかしたら数秒だったのかもしれない。
フッと花井の腕の力が緩んで、背中の温度が冬の寒さに変わる。
花井が離れたのは分かったけど、振り向けない。
顔がまだ赤いままだと思ったから。


「…ごめん。」
また細い声が聞こえた。
なぜか、キュウッと胸が締め付けられた。
「何のつもりか知んねぇけど…謝るくらいなら、すんなよ。」
「うん…そうだな。」
何のつもりか、なんて、もしかしての域だけど思うことはあった。
だけどそんなの…
どうすんだよ、そんなの。


ずいぶんと迷ってから俺は振り向いた。
自分がどんな顔をしてるかなんて分かんねぇ。
だけど、花井の表情は暗いけどよく分かった。
だからきっと、花井も俺の表情がよく分かったはず。
俺達はお互いの顔を見て、お互いの気持ちに気が付いてしまった。
ずっとずっと、気が付かない振りをしていた気持ちに。
切なげに細められる花井の目。
「阿部、あんな、俺…」
「言うな、花井。」
嬉しいと思うべきなんだろうか、俺には判断出来なかった。
少なくとも、いいことなんだと手放しで喜べないと思った。
「俺、まだ花井とは野球してぇ。後一年。いや、もう一年もねぇんだよ、お前と野球出来んのは。」
この気持ちを認めちまったら、花井と野球出来なくなる気がした。
集中は出来ねぇだろう。
それだけはどうしても避けたかった。
中途半端に向き合いたくねぇ。
野球にも、花井にも。


「そうだな。」
花井は少し寂しそうに笑った。
だけどすぐにいつもの笑顔に変わる。
「ラストチャンスだ。次の夏。」
「優勝すんだからな、甲子園で。」
「おお。」
プレッシャーを感じ、緊張した表情になる。
花井のこんな表情を好きだと思う。
だから、今は集中しよう、野球に。
俺達の目標を達成しようぜ、花井。


「行くか。」
「え?」
「奢ってくれんだろ?」
帽子を脱いで差し出す。
「あ、おお。」
花井が受け取りながら答える。
「肉まん、あんまん、ピザまん、カレーまん。あとは〜」
「ちょっ…!待て阿部そんなには…」
「おでんか?」
「俺の話聞いてんのか?(笑)」


今はまだ、
この距離感で。



 

◇ 2010阿部誕SSその2w。某企画サイト様でアップしていただいたものです。
  ここでアップするのをすっかり忘れておりました(おいおい)
  2010阿部誕SSその1「リアル」の1年後と思っていただけたらと思いますw
  きっと二人はこんな感じでなっかなか進みません。
  ああ、そう思っただけで萌えるーーーー!
  今年の阿部誕ではこの続きが書けたらいいなぁ。



 2011.04.17




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