「形勢逆転」
「キャプテンったらすごいんだよ〜!」
「だからっ!友チョコだろ?これはっ」
今年のバレンタインは日曜日だったので、皆前もって渡したい人にはチョコレートを渡したりしていた。
花井がクラスの子やらにチョコを貰っていたのは知ってる。
見てたし。
水谷が言うには知らないうちに他のクラスの子からも何個か貰っていたと騒いでいた。
そいつは知らなかったし、花井からも聞いてない。
友チョコなんて知るかよ。
チョコ、受け取ったんだろ?
受け取ったんだろ?!
花井の目が、恐る恐る俺を見た。
明らかに、ヤバイ、って顔だった。
田島が俺にも分けてと騒ぎ、
栄口が女の子に悪いから止めとけと諌め、
俺興味ねぇしと泉が言うと、
俺はあるんだよと今度は水谷が騒ぎだした。
ったく、どいつもこいつも。
「おらっ、下らねぇこと言ってねぇで、早くグランド行けよっ」
やべぇとか、ほーいだとか、バラバラな返事が聞こえて次々と部室を出て行った。
遅れてきていた七組以外、全員部室を出た。
水谷は着替え終わると花井に向かって言った。
「花井は優しいからさ、みんな受け取ってたみたいだけど、中には本気の子もいるんだからね。」
花井がチラリと俺を見た。
「…うん。言われた。」
「だろ?でも断るのも優しさだかんね?花井そういうとこ、不器用だから。」
うん…と言うと花井は坊主頭を掻いて申し訳なさそうな顔をした。
「水谷、気に掛けてくれてありがとな。」
水谷は気にしないで、と言わんばかりに手をヒラヒラとさせて部室を出ていった。
「花井。」
ビクゥッとしてるのが分かった。
「…何?」
「それは俺の台詞。」
「はは…だな。」
しばらく黙っていた花井は、
「あの…な…」
と言いにくそうにして俺を見た。
「花井。」
「え?」
「俺からはチョコはねぇよ。」
「は?」
何を言ってんだ、と言う表情の花井。
だって、俺だって本気なのに、何も花井に渡してない。
「そのチョコ、渡したヤツよりずっとずっと、俺の方が花井を好きだ。」
「なっ…」
お前何言うんだ、こんなとこでとあたふたする花井に、俺は抱き付いた。
「あ、阿部っ!?」
「ちょっとだけだから、頼むよ。」
観念したのか、ちょっと溜め息を付いて抱き締めてくれた。
花井がちょっとでも女の子に近付いたりしただけで不安になる。
花井を信じていない訳じゃなくて、誰にも言えない、してはいけない恋をしてるから。
こうして、花井の気持ちを試すようなことをしないとダメな自分が嫌になる。
「阿部。」
「え?」
ちょっと身体を離して、花井の笑顔が見えた。
そう思った瞬間、花井の唇が俺の唇に重ねられていた。
「これ、チョコレートより、ずっと甘い。」
にっこり笑う花井に、唖然とする俺。
「は…花井っ!!」
「お前が煽ったんじゃん!」
早く来いよ〜!って花井は部室を飛び出して行った。
早くって…こんな顔で行けるかよっ!
きっと今真っ赤でめちゃくちゃ照れ顔で。
やられた、完全に。
ちょっと懲らしめてやりたかっただけなのに。
溜め息を付いて、唇に指をやる。
熱くなる身体を何とかしてグランドに向かわないと。
パンパンと顔を叩き、腿の辺りも叩き。
俺は部室を後にした。
帰りにコンビニに寄ろう。
チョコは買わねぇけど、温かいココアでも買おう。
誰よりも、強くて熱い想いを花井に伝えたいから。
2010バレンタインSS。
たまには甘くてもいいよね?
2010.02.17
振り小説TOPへ