『 百段の階段 』


俺も行く、と言えなかった。
まただ。
また、引いてしまった。


あんな風に負けちまって、一番凹んでんのはアイツだろって誰もが思った。
篠岡の見舞いに行ったら?って言葉に三橋はしばし固まっていたが、
栄口や田島も一緒と聞いて少しホッとしたような表情をした。


俺も───────
阿部の顔が見たかった。
ポジティブなアイツが見て分かるような落ち込み方をしてるとは思えなかったけど、
顔を見て、安心したかった。


でも声が出なかった。
三橋に栄口に田島。
キャプテンの俺も行くと言っても誰も異論は無かっただろう。
でもでも。
声が出なかったんだ。
負けて落ち込んでない自分。
やっぱり感じる田島との差。
今阿部の顔を見たら全部顔に出ちまって、
間違いなく阿部に睨まれる、尋常じゃない勢いで。


全国制覇に目標設定(辛うじて)して、気分的にようやく(ほんのちょっと)浮上してベッドに入る。
何気に携帯を見たらチカチカと点滅していた。
「お、メールか?」
開いてみると、着信ありで。
「へ…あ、阿部?!」
一時間前の着信。
どうするか、かなり悩んでからメールしてみる。


(ケガどうだ?)


速攻で携帯が鳴った。
メールじゃなくて、着信だ。
緊張して、ちょっと声が裏返る。
「おう、ど、どうだ?痛みは。」
『アホ。痛ぇに決まってんだろ、ハゲ。』
「ハゲじゃねーよ!坊主だっ!」
思わず怒鳴ると阿部はゲラゲラ笑った。
『なに、元気じゃん。』
「は?なんで俺が元気じゃねぇってことになってんだ。そりゃ負けたのは悔しいけどさ。」
『馬鹿だな、花井。』
「はぁ?!」
なんだ、なんなんだ?
阿部の言いたいこと、やりたいことが見えなくて混乱する。
『聞いたぜ、目標設定。』
ドキンッと胸がなった。
いや、ズキンって方が合っているかも。
「ああ。そのことなら…」
全国制覇にすっぞと答えかけたら、阿部が遮る。
『まぁた、変なことで落ち込んでんじゃねぇかなと思ったんだよ。』
「…は?」
『こんな話。お前が一から十まで考えてすっとは思えねぇ。』
はああ?
そりゃどう言う意味だよと言いたいのに、口がパクパクするだけで、上手く言えねぇ。
変な空白に、携帯の向こうからまた笑い声が聞こえた。
『どうせあれだろ?田島が絡んでんだろ?』
パクパクのパの形で口が固まった。
お前なに?
超能力者??
「な、な、な、何言って…」
『俺には分かんの。花井のことだから。』
かあああああっと顔に血液が集まっていくのが分かった。
『凹んでたんだろ?』


なんで。
阿部はこんなに俺のことが分かるんだろう。
分かって欲しくない部分まで、全部。
「…んなこと…ねぇよ。」
『素直じゃねぇのな。』
クスクスて笑う阿部に俺は何も言えなくて。
『俺を慰めてはくんねぇの?今日うちに来ねぇから、ちょっとムカついてんだけど。』
「え?あ……すまん。」
『まあいいけど。ハゲにそんな気遣いは出来ねぇもんな。』
「…ハゲじゃねぇ。」
『坊主な。』
またゲラゲラと笑う阿部。


ちょっとだけ違和感を感じた。
笑えるはずねぇんだ。
自分が怪我して、自分が三橋をリード出来なくなって。
一番凹んでるはずの阿部。
そもそも、俺に携帯してきた理由は?


「阿部。」
『あ?』
「無理すんな。少なくとも俺には本音話せよ。」
『…』
しばらくの沈黙。
それが阿部の気持ちを物語っていた。
「強がんな。」
『…お前に言われたかねぇよ。』
だな、と笑うと、
だろ、と阿部も笑った。


「行かなくて、ごめんな。」
『ああ、それはいい。お前の顔見たら…』
「…ら?」
『…いや、いい、何でもねぇ。』
「何だよ、気になるだろ。」
『一生気にしてろ、ハゲ。』
「あーべー(怒)」


ゲラゲラ笑う阿部に、ちょっとだけ安心して、ちょっとだけ会いたくなって。
「会いたいな。」
正直に言うと、
『俺も。』
と意外な返答。
時間的に無理なことは分かってる。
しばらくは会えないことも分かってる。
それでも─────。


『行くぞ、甲子園。』
「おう、優勝すっぞ。」
お互いに、フフッと笑って携帯を切った。
負けたのに、不思議な満足感と高揚感。
頼って、頼られてる関係。
俺は─────


百段の階段を、絶対登り切ると誓った。



 



● 野球だとあまり近づけないけど、ちゃんと寄り添ってるんだって・・・思いたいw
  15巻であまりにも絡みが少なかったもんだから〜〜〜
  ああでも、花井祭りだったよね〜w



2010.09.01




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