「赤い顔になった理由」
「んじゃ、15分休憩な。」
花井がそう言うと、皆は大きく息を吐いて、口々に疲れたとかこれが難しいとか言い始めた。
俺も大きく伸びをして、身体の凝りをほぐす。
恒例になったテスト前の勉強会。
今回は三橋の家に集まった。
俺は理数系担当。
花井は英語。
西広が全般で、言ってみれば「先生」になる。
まあ教えてやることで、俺にも勉強になるし、一人で黙々と勉強するよりずっと効率がいい。
「なあなあ、阿部。」
「あ?なんだ栄口。」
ニコッと笑って栄口は俺の前に何かの冊子を取り出した。
「今度これ見に行こうと思ってさ。」
「あ…これ映画館のパンフか。」
「うん、そうなんだ。」
正直言って、映画とかに興味ないけど、楽しげな栄口の表情に言い出せなくて。
「これこれ。面白いらしいんだ。」
栄口が指差したのは、野球ものの映画だった。
「あ、これ俺も見に行きたいと思ってたんだ!」
水谷が割って入ってきた。
「それじゃ今度一緒に見に行く?」
「うんうん、行こう!」
その様子に皆が集まってくる。
えー何々?
俺も行きてーよ!
様々な反応。
良かった。
俺一人だったら、栄口がつまんなかったかも。
「これも面白いらしいよ。」
と、水谷が別の映画を指差した。
視線を移すと、目に入ったのはキスをしている二人。
途端に心臓がバクンッと鳴った。
「恋愛ものなんだけどさ、ちょっとサスペンスっぽい感じらしいよ。」
水谷の説明がなんだかとても遠くで聞こえた。
へぇ〜と言っている皆の声も、とても遠くて。
俺の耳に聞こえていたのは、自分の心臓の音。
バクバクとやかましいくらいに聞こえていた。
それから…
『俺、阿部とキスしたい。』
『俺、すげぇ好き。阿部が好き。』
耳元で囁かれた花井の言葉。
思い出してしまった。
花井とのキス。
勝手に身体中の血液が頭に向かって流れ出す。
「あれ?阿部どうしたの?顔が赤いよ?」
「へ?」
皆の視線が集中する。
「え…と、何でもねぇよ。ちょっと疲れてんだよ。」
「ふうん?」
「そろそろ時間だぞ〜。」
花井の言葉に、皆が嫌そうに返事をした。
「阿部、ここんとこちょっと教えてくんね?」
花井が数学のテキストを開いて近付いてきた。
皆は怖くない西広の周りで頭を突き合わせていた。
「ああ、いいぜ。どれ?」
机を挟んで俺と花井。
…まださっきのドキドキが収まらない。
花井にばれないように、慎重に話す。
するとノートの角に、花井が何かを書いた。
なんだ…?
(思い出した?)
一気に頭に血が昇る。
花井、気付いてた!!
笑いを堪えるような顔をした花井は続けてこう書いた。
(スケベ)
(後でうち来るか?)
ひっ…人の気も知らないでっ!!
ムカムカと腹が立ったけど…俺は花井んちに行ってしまうんだろうな…
ちょっと嬉しくて、かなり悔しくて。
そんな胸の内を知ってか知らずか、ニヤニヤとする花井。
俺はどうしても許せなくて。
「っって!!」
「花井どうかしたの?」
「…いや、なんでもないよ、西広。」
机の下の花井の足を思いっきり蹴っ飛ばして、ノートの角に
(行く)
と書いた。